その波の中からひとり、こちらへ向かって歩いてきた。ねずみ色のズボンに胸元の開いた白いシャツを着ている。切れ長の細い目、黒髪に色白だからだろうか、どこか透明感がある。
「直正来てたんだ」
「寝過ぎた」
直正は笑って見せた。日に焼けた肌が白い歯を強調させる。とても歯並びがいい。
誰?と言わんばかりの不思議顔で私を見た彼に直正が言った。
「あゆの友達」
「あぁ、噂のあゆちゃんの」
彼は意味深に笑い、直正も、そう噂の、と笑った。
「こんににちは」
彼が笑顔で挨拶してきた。その笑顔に吸い込まれる。
「悠樹、早速ナンパ?」
直正に茶化され、悠樹と呼ばれた彼は顔を赤くした。
「違うし、ね?」
そう言ってまた私に微笑みかけた。
この人だ。
私の直感がそう言った。
彼が現れた時から、その周りだけ空気が違う。彼の創り出す独特の雰囲気、とでも言うのだろうか。決して特別ハンサムというわけではない。何が私をそうさせるのか、私は彼に釘付けになった。
「悠樹もう帰る?」
「バイトだし帰る、直正は?」
「俺も帰る」
そんな会話を聞きながら、私はどこか夢心地だった。少し低いその声も心地良く聞こえる。
「じゃ、凛ちゃんまたね」
直正が私に手を振ると、悠樹は軽く頭を下げた。私も手を振り2人の後ろ姿を見送った。
胸がずっと騒いでいる。胸の奥が掴まれる。私は一瞬にして悠樹という男の虜になった。どんな人か知る前に、考える前に心が動かされた。突然すぎる衝動に自分でも驚いている。
知りたい、彼をもっと知りたい。

教習所を出た時には辺りは暗くなっていた。月が驚くほど大きく、私はこの恋が叶う前兆だと根拠もなく思った。
彼の顔を、声を思い出し、悠樹と呟くだけで胸が熱くなる。一瞬で誰かに惹かれたことに驚くばかりだ。
文字通り恋に落ちた。胸が躍る。彼と出会うことが必然だったとすら感じた。
彼を知らずに生きてきたこの時間が意味のないものだと本気で思った18才の夏。