「俺たちから見ればいいやつだけど、悠樹は女に本気になったりしないから。凛ちゃんだから言うけど、俺はこれまで悠樹に泣かされた子沢山見てきた。本当に悠樹のことは忘れた方がいい」
こんな決定打を聞かされひどく胸が痛いのに、それでも私だけは特別かもしれないと彼を信じたい自分がいる。
「それに、今悠樹のことで悩んでる子は、凛ちゃんだけじゃないから」
この言葉を聞かされ、返す言葉も見つからなかった。
直正は申し訳なさそうに煙草に火を付けた。こぼれてしまうのを何とか堪えている涙の向こうで、煙草の火だけが浮いたように見えた。
「これ、何の匂いですかね?」
どこか甘く、それでいて哀愁ある香り。
「金木犀?教習所から匂ってきてるのかな」
「なんか、この匂い寂しくなりますね」
そんなことを言ってしまい、直正を困らせただろう。
「言われてみればそうかもね」
直正はそう言って煙草の煙を吸い込んだ。
金木犀の香がこんなに悲しいなど知らなかった。今だからそう感じてしまうのだろうか。
私は帰るタイミングを失くし黙って座っていた。きっと直正は自分の言葉で傷付いただろう可哀想な女を無責任に置いて帰れないのだろう。そう言えばあゆが直正はとても優しいと言っていた。こんな人に恋をすれば良かった。
私の方から立ち上がろうとした時、携帯の着信音が鳴った。さゆりからだ。LINEの返信をしていなかったので心配したのだろう。
「何してるの?ひとり?」
「ううん」
「誰かと一緒?」
「あ、うん。後からかけ直すね」
一旦さゆりとの電話を切ると、友達?と直正が言った。