やっと日が暮れはじめ、私はひとり『有楽』まで車を走らせた。
彼と会えるかもしれない。
そんな期待と何かしていないとやりきれない思いがそうさせた。
桜の木の葉は赤みの強い橙色に紅葉していて、青い葉を探す方が難しくなっている。時間は確実に進んでいる。私だけ進みきれていないのだろうか。
進みたくない。
彼の唇の感触もあの囁きも、抱きしめられた肌の温もりも忘れたくない。
辺りはどんどん暗くなり、駐車場へ出入りする車の数が増えてきた。こんな所で1人長居している自分が惨めになってきた。
彼の自宅を知っているのだからいざとなれば家まで尋ねて行くという最終選択肢が残されていると思えばいくらか楽になる。しかしそれが今だろうと呟く自分がいるが、そこまでして彼に嫌われたくないと思案できる冷静さは備わっている。
そうこう考えてもう帰ろうかと車のエンジンをかけようとした時、見覚えのある後ろ姿が『有楽』の入口に近付いているのが見えた。まさかと思い車を降りて急いで追いかけた。
声が届くだろう距離まで追い付いてから確信した。
『直正くん』
すぐに振り返った直正はあ、凛ちゃん、と驚いたように言った。
もう秋がはじまったというのに夏の装いの直正を見て、少しだけ胸がざわつく。彼と直正がここで約束しているのではないかと期待したからだ。