熱い熱い刻を刻みつつ、璃桜を激しく翻弄し、ようやく静寂が訪れた。

「あ、はぁ……」

 甘やかな吐息がすべてを表している。

「どうだった?」
「……どうって、えっと」
「気持ちよかっただろ?」
「………………」
「お前、コレ、あの男とできるのかよ?」

 コレ、あの男、その言葉が璃桜に怒りを与えた。

「それは社長には関係ありません」

 反論すれば、和眞が覆いかぶさってきた。頭の左右を腕で塞ぎ、目前まで顔を近づけてくる。腹が立つので視線を逸らさずにいたが、鼻先が触れるあたりまでくると我慢できずに目を逸らした。

「んん」

 唇が塞がれる。重なっただけのキスにホッとしたら、急に圧が加わって唇が潰れるくらいの強さで右に左に翻弄される。

 油断した――そう思ってももう遅い。

「んっ、や」

 舌が入ってきて歯列を舐められ、反射的に和眞の腕を掴んだがまったく動じない。

「んんんっ!」

 今度は背中に回し、ガンガンと拳で打ったみたものの変わらなかった。そのうち濃厚さに意識が溶けていき、ギュッと背中を抱きしめていた。

「…………はあ」

 ようやく顔が離れて璃桜は慌てて息を吸った。

「連絡先、教えろよ」
「……イヤです」
「はは、強情だな。たまには素直に、はいって言えよ」
「イヤです。何度も言いました。私とあなたは一夜だけの関係だって。次はありませんから。んっ」

 和眞が乳首をチュッと吸ったため、ビリッとした刺激が波状のように全身に走った。

「違うな。関係はこれから始まるんだ。だから応じたんだろ? このまま本当に終わりにしないために」
「違います」
「じゃあどうして応じた? 俺が特定の女とはつきあわないって知ってるお前が」

 ズルい――そう思ったが、返す言葉が見つからない。

「あんな軽薄そうな男はやめろ。ろくなことがない」
「どうして?」
「ヒモっぽいじゃないか」
「……私にぶらさがったりしませんよ」
「どうしてわかる」
「だって彼には交際している人がいるから」

 素直に答えれば、和眞が目を瞠った。

「それを知ってて結婚するのか?」
「ええ。彼の父親は有力な政治家ですから」
「――華原家にプラスだから?」
「華原家ではなく、HEホールディングスのためです」
「へぇ」

「あなたもCEOならわかるでしょ? 私が裕福に暮らせるのは、HEホールディングスで働いている人たちのおかげです。私自身には経営や売り上げに貢献するような才能はないですが、結婚するだけでいいなら簡単です」

 和眞が驚いたまなざしを向けてくる。璃桜はそれをまっすぐ受け止めた。

「優等生だな」
「人の家庭は他人にはわかりません。お願い、もうこれ以上、いじめないで」
「じゃあこっちは?」

 大切な場所を触れられ、璃桜は苦しげに顔を振って和眞の体を押しのけようとする。

「俺を信用すると言っていたが、本心か?」
「さぁ。でも母は聡明な人ですから、こうなることは予測しているかもしれません」
「……今の言葉、ツッコミどころ満載だ」

 言われて璃桜は首を傾げた。

「一つ、自分の母親を聡明だなんてよく言ったもんだ」
「…………そうですね。失礼しました」
「二つ、予測しているのに許すのか?」

 耳に痛い。返す言葉がない。

「電話の口調は冷淡で、とても心配している感じではなかった。矛盾している」
「……人の家庭は他人にはわからない」
「裕福な家庭のお嬢さまなのに、不満満載って感じだ」
「お願い、もうやめて。今夜の性欲は解消できたでしょう? それでもう許して」

 なにを許してほしいのかわからない。だが、もう耐えられなかった。目の前が一気に滲み、涙が溢れてくる。こみ上げてくる苦しみ、ずっと耐えてきたものが堰を切って流れ出してくる。

「璃桜」
「おね、がっ、うっ、うう……」
「璃桜、泣かないで」
「うう、うぅっ……う」

 両手で顔を覆って声を殺していると強く抱きしめられ、その強さと肌の温かさがより感情を昂らせる。璃桜は和眞に縋りつき、強く抱きしめてしばらく泣き続けた。

 どれくらい経っただろうか。ようやく嗚咽が止まり、冷静さが戻ってくる。璃桜は我に返ったように、じっと見つめてくる和眞の顔を見返した。

「泣いて楽になった?」
「……すみません」
「どうして謝る? 泣かしたのは俺だ」
「ん」

 チュッとキスが落ちた。目が合うと和眞はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。それは自信に満ち溢れたいつもの彼の表情だ。

「朝まで慰めてやる」
「……優しくして」

 璃桜はもう一度和眞に抱きつき、逞しい胸に顔を埋めたのだった。