涙声で、俺の腕の中で。


YES……と、綾乃が答えた気がした。


「……もう1回ちゃんと言って」


キャンキャン高い声でもない、かと言って低い訳でもない、どちらかといえば低いのに良く通る綾乃の声で。

俺を綺麗な濁りも曇りもない、焦げ茶色の瞳に映して言って欲しかった。


ようやく、俺の腰に腕を回して。

見上げて――YESです、と。

待ち焦がれた応えをくれた。

何とも表現しがたい嬉しさが込み上げて、あー、としか言えず。

頭の後ろに手を添えて、自分の胸に引き寄せていて。

あーってなんですか?と、笑い交じりの綾乃に、うるさいわ、と。


「待ち過ぎて、どう答えていいかわからへんねん!」


ぶっきらぼうに言っていて、そこは好きってもう1回です、と。

腰に回された腕を緩めて、また見上げてきた綾乃に。

欲しがるな!と、額にコツンと自分の額を合わせて――好きやで。

そのまま流れるように、唇を重ねる。


え?と、言ったかと思えばいきなり、フフッと笑った綾乃に、なんやねん?と言えば。


「何でもなく……陽希さんって呼んでも?」


は?なんやねん?それ!

このタイミングでの、それは反則やろ!

さすがに自分から惚れた女に言われたら、こんなにグッとくる。

思わず笑みが溢れていて、ええよ、の答えた後にだ!


「陽希さん……好き」


なんて言われたら、また求めにいくやろ?

俺好みの綾乃の柔らかい唇を。


何度も重ねるだけの、啄むようにキスをすれば――自然と額が重なって笑い合い。

頭をポンっとして先に離れたのは俺の方だった。


これ以上、これを繰り返せば理性が持たなくなると思ったから。


きっと、もっと若い頃の俺なら――この流れで抱いていたんやろうど。

29年間生きて来て、はじめて自分から惚れた女の全てを早々に奪うことは出来ないと……思った。