「あら?秋生さん、眼鏡どうしたの?」
鮭、納豆、温泉卵、キャベツと油揚げの味噌汁に炊きたてご飯を並べた朝ご飯。フワフワと湯気のたつ向こう側に私の旦那さんの秋生さんがいた。
「うーん、眼鏡、朝から見当たらないんだ」
「いつもの洗面所にもないの?」
無いねぇと首を傾げている。何事もきちんとしている秋生さんにしては珍しい失せ物だった。
「まぁ、いいや」
「え!?お仕事に支障ないの?」
「多少あるかもしれないけど、大丈夫だよ」
そう言って、ニコニコ笑って、ひまりちゃん、いってきますといつも通り仕事へ行ってしまった。私は掃除をしながら、家の中を大捜索することにした。
洗面所の棚に寝室の布団と布団の間、観葉植物の置いた隙間、台所の食器棚、冷蔵庫や洗濯機の中まで見た。
ちょっと待って?と私は時間を遡って思い出す。昨日帰ってきた時に、秋生さんって眼鏡してたかしら?していなかったような気がするんだけど?
そうこうしているうちに、時間をだいぶ使っていた。夕飯の買い出しに行かなきゃ。買い物へ行ってこようと自転車を出す。
その時だった。玄関の前をトコトコ歩く黒縁の丸いレンズがついた物が通りすぎた。小さな足と手がついていて可愛い。……不気味だと驚くところなのかもしれないけれど、幼い頃から、こういう類のものを見続けていたから、慣れてしまっていた。
見たものの中では可愛らしいものだと思う。私の視線に気づいたようで、ピタッと足を止めてこちらを見た。キラリーンと眼鏡のガラスが光る。
「うーん……秋生さんの眼鏡にしては古すぎるわよねぇ」
フレームの太さ、眼鏡のレンズの厚味からして、古いことがわかる。
「なっ!?我が見えてるのか!?」
眼鏡が喋った……。
「見えてるわ。私の旦那さんの眼鏡を探してるんだけど、知らないわよね?」
「眼鏡を探しているとな?我こそは眼鏡の神の付喪神だ!眼鏡について知らぬことなどないぞ!」
えっ!?付喪神ってことは神様だったの!?妖怪かなんかだと思っていた。確かに禍々しさは無い。怒られそうなので、余計なことは言わないでおこう。
「じゃあ、秋生さんの眼鏡がある場所教えてくれない?」
「ふむ。出会いは一期一会。探してやっても良いじゃろう。しかし、そなたの家には立派な結界が張ってあるので入れぬぞ」
「私が張ったものだから、私が招くと入れるわ。どうぞ。中へお入りください」
「なぬ!?な、何者だ!?陰陽師か!?」
「私の前世が陰陽師なのよ」
神様なのに、ほぇーとかひぇーとか言って、私が陰陽師だということに驚きながら、テクテク家の中にはいっていく。
「そうじゃなぁ……眼鏡、眼鏡、眼鏡の匂い……うーむむむむ」
ウロウロしている。眼鏡の妖……もとい付喪神がピタッと足を止めた。みつかった!?
「この家に無い!眼鏡の気配はしない」
「無いの!?」
私はなんのために、この眼鏡を招いたのだろうか?秋生さんに気づかれないように外へ出さないと。この付喪神の力は大した事ないのね。
「えーと、じゃあ、ありがとう」
「うむ。お役に立てなくて悪かったのぅ。お詫びに一つ、これをやろう」
「え?なにこれ?」
「眼鏡拭きじゃ!」
「あ……そう……ありがとう。眼鏡がみつかったら拭かせてもらうわ」
小さな布切れをもらい、私は反応に困る。
じゃあ、またどこかでのぅ〜とテクテク街道を歩いて行ってしまった。
その夜、秋生さんが仕事から帰ってきた。秋生さんはちゃんといつもの眼鏡をかけていた。
「ごめんごめん。昨日さ、職場に眼鏡を置き忘れていたようで、机の上にあったよ。カバンに入れたと思ったんだけどなぁー?」
「職場の眼鏡の付喪神が、机に置いてくれたのかも……」
「え?なんだって?」
「なんでもないわ。夕飯にするわね」
ありがとうとニコニコ眼鏡の奥の目が細められて、優しく笑う秋生さん。
「これなんだろう?」
「その布は眼鏡拭きよ。あげるわ」
秋生さんが眼鏡の付喪神からもらった眼鏡拭きで自分の眼鏡を拭いてみている。ごく普通の眼鏡拭きのようだ。
今日の夕飯は体が温まるぽかぽかの鍋にした。秋生さんがポン酢の中に豆腐、鱈、春菊等を入れていく。
「美味しそうな……んんん!?これはっ!」
「なに!?お鍋、なにか変だった!?」
声をあげた秋生さんに私が尋ねる。
「この眼鏡拭きの効果かな!?すごいよ!鍋の湯気で曇らない」
付喪神がくれたのは、曇りどめの眼鏡拭きだったらしい。なんて現実的な神様なのだろう。曇らない眼鏡に喜んで、夕飯を食べる旦那さんを見て、ま、いっか!と思ったのだった。
鮭、納豆、温泉卵、キャベツと油揚げの味噌汁に炊きたてご飯を並べた朝ご飯。フワフワと湯気のたつ向こう側に私の旦那さんの秋生さんがいた。
「うーん、眼鏡、朝から見当たらないんだ」
「いつもの洗面所にもないの?」
無いねぇと首を傾げている。何事もきちんとしている秋生さんにしては珍しい失せ物だった。
「まぁ、いいや」
「え!?お仕事に支障ないの?」
「多少あるかもしれないけど、大丈夫だよ」
そう言って、ニコニコ笑って、ひまりちゃん、いってきますといつも通り仕事へ行ってしまった。私は掃除をしながら、家の中を大捜索することにした。
洗面所の棚に寝室の布団と布団の間、観葉植物の置いた隙間、台所の食器棚、冷蔵庫や洗濯機の中まで見た。
ちょっと待って?と私は時間を遡って思い出す。昨日帰ってきた時に、秋生さんって眼鏡してたかしら?していなかったような気がするんだけど?
そうこうしているうちに、時間をだいぶ使っていた。夕飯の買い出しに行かなきゃ。買い物へ行ってこようと自転車を出す。
その時だった。玄関の前をトコトコ歩く黒縁の丸いレンズがついた物が通りすぎた。小さな足と手がついていて可愛い。……不気味だと驚くところなのかもしれないけれど、幼い頃から、こういう類のものを見続けていたから、慣れてしまっていた。
見たものの中では可愛らしいものだと思う。私の視線に気づいたようで、ピタッと足を止めてこちらを見た。キラリーンと眼鏡のガラスが光る。
「うーん……秋生さんの眼鏡にしては古すぎるわよねぇ」
フレームの太さ、眼鏡のレンズの厚味からして、古いことがわかる。
「なっ!?我が見えてるのか!?」
眼鏡が喋った……。
「見えてるわ。私の旦那さんの眼鏡を探してるんだけど、知らないわよね?」
「眼鏡を探しているとな?我こそは眼鏡の神の付喪神だ!眼鏡について知らぬことなどないぞ!」
えっ!?付喪神ってことは神様だったの!?妖怪かなんかだと思っていた。確かに禍々しさは無い。怒られそうなので、余計なことは言わないでおこう。
「じゃあ、秋生さんの眼鏡がある場所教えてくれない?」
「ふむ。出会いは一期一会。探してやっても良いじゃろう。しかし、そなたの家には立派な結界が張ってあるので入れぬぞ」
「私が張ったものだから、私が招くと入れるわ。どうぞ。中へお入りください」
「なぬ!?な、何者だ!?陰陽師か!?」
「私の前世が陰陽師なのよ」
神様なのに、ほぇーとかひぇーとか言って、私が陰陽師だということに驚きながら、テクテク家の中にはいっていく。
「そうじゃなぁ……眼鏡、眼鏡、眼鏡の匂い……うーむむむむ」
ウロウロしている。眼鏡の妖……もとい付喪神がピタッと足を止めた。みつかった!?
「この家に無い!眼鏡の気配はしない」
「無いの!?」
私はなんのために、この眼鏡を招いたのだろうか?秋生さんに気づかれないように外へ出さないと。この付喪神の力は大した事ないのね。
「えーと、じゃあ、ありがとう」
「うむ。お役に立てなくて悪かったのぅ。お詫びに一つ、これをやろう」
「え?なにこれ?」
「眼鏡拭きじゃ!」
「あ……そう……ありがとう。眼鏡がみつかったら拭かせてもらうわ」
小さな布切れをもらい、私は反応に困る。
じゃあ、またどこかでのぅ〜とテクテク街道を歩いて行ってしまった。
その夜、秋生さんが仕事から帰ってきた。秋生さんはちゃんといつもの眼鏡をかけていた。
「ごめんごめん。昨日さ、職場に眼鏡を置き忘れていたようで、机の上にあったよ。カバンに入れたと思ったんだけどなぁー?」
「職場の眼鏡の付喪神が、机に置いてくれたのかも……」
「え?なんだって?」
「なんでもないわ。夕飯にするわね」
ありがとうとニコニコ眼鏡の奥の目が細められて、優しく笑う秋生さん。
「これなんだろう?」
「その布は眼鏡拭きよ。あげるわ」
秋生さんが眼鏡の付喪神からもらった眼鏡拭きで自分の眼鏡を拭いてみている。ごく普通の眼鏡拭きのようだ。
今日の夕飯は体が温まるぽかぽかの鍋にした。秋生さんがポン酢の中に豆腐、鱈、春菊等を入れていく。
「美味しそうな……んんん!?これはっ!」
「なに!?お鍋、なにか変だった!?」
声をあげた秋生さんに私が尋ねる。
「この眼鏡拭きの効果かな!?すごいよ!鍋の湯気で曇らない」
付喪神がくれたのは、曇りどめの眼鏡拭きだったらしい。なんて現実的な神様なのだろう。曇らない眼鏡に喜んで、夕飯を食べる旦那さんを見て、ま、いっか!と思ったのだった。