平安の世は現代と違って、闇夜がある。今は新月の闇になる時であろうと、明かりが灯り、闇がない。そのせいか妖の数も随分減った。
手に灯りを持って歩いて往く。この辺りで、よく牛車と出会うが、今日は一人っ子一人出会わない。
『そこのもの、近う寄れ。近う寄れ。そう急がずとも良いじゃろう』
四条あたりの道を歩くと声をかけられた。まったく五月蝿い。小者が急いでおるときに何用だろう。陰陽寮へ呼び出されたのに間に合わなくなる。
振り返ると同時に術を放つ!パッと稲光が起こる。
「………っ!」
私は思わず飛び起きた。横に寝ているはずの秋生《しゅうせい》さんは出張でいない。
汗がすごい。手の甲で額を拭う。シンとした静かな寝室。また夢。時々昔の夢を見る。とても鮮明で自分がどちらに生きているのかわからなくなる。
もう眠れないから温かい飲み物でも飲もうと起き上がり、足を床につけようとし、一瞬パジャマが狩衣に見えて頭がクラクラした。目を瞬かせる。
こちらに戻れと自分に言い聞かせる。
「秋生さんが居てくれると良いのに……」
一人だと心細い。こんな思いは平安の頃では感じたことがなかった。秋生さんのせいだわ。彼に出会って、一人では生きていけなくなった。
ホットミルクとビスケットの缶を出す。まだ明け方の外は暗い。新聞でも取ってこよう。
今日は二月三日か……。夜が怖い。節分は鬼が彷徨く。
早起きしたから、掃除でもしようと家の前の掃き掃除をしていると、一人の老人が通りかかった。
「おや?朝早くからご苦労さま」
「おはようございます」
ペコリと頭を下げると、老人はほっほっほと笑う。その笑い方に思わず私もつられ笑いした。サンタさんみたいな優しそうな人だ。ご近所にこんな人がいなんて嬉しいなと思わずその温かな笑い方にほっこりした。
「頑張ってるご褒美にコレをあげよう」
布の袋をくれた。なんだか温かい。
「ありがとうございます。じゃあ、お返しに……」
私が中から和菓子でも持ってこようとしたが、気づけば姿はなかった。もしかして、また人ならぬものだった?
私は貰った袋を開けてみる。中には炒りたての豆が入っていた。
「まあ!人じゃないなんて疑うなんて、悪いことしちゃったわ。ご近所の優しい方だったのね」
後でどこの家かわかったらご挨拶に行こう。節分だからわざわざ豆をくれたのね。
今日は節分。鬼退治していた平安の世とは違う。密やかに家に居ることにしよう。
扉を閉めて、入れないようにしっかりと結界を張る。夜の帳が下りると節分の夜がやってくる。
ドンドン!と玄関のドアを叩く音がする。始まった。鬼がやってきたのだ。秋生さんは今日も仕事……一人で何時間耐えれば良いのだろう?五月蝿いなら、むしろ退治しちゃうおうかな?だけど強い鬼なら怪我をするかもしれない。
怪我をして、どうしたんだ!?と秋生さんに問い詰められては大変なのよね。
『あけろ。あけろ』
『入らせろ。うまそうな力の匂いがする』
『食いたい』
ドンドンと扉を叩く音はどんどん強くなってきた。そんな時、ピロンと携帯の音がした。
秋生さんからだ!メールで『そろそろ家に着くよ〜。今日はわりと早く帰れたよ〜』と送られてきた。
なんでこんなタイミングなの?まずいことに家の前にはたくさんの鬼がいる。秋生さんが食べられてしまうわ。
私はそうだ!と思い出す。もらった豆があるじゃないの!
袋を握りしめて玄関へ走る。扉を開くとそこには頭に角がある恐ろしい顔をした鬼が並んでいた。私にうまそうだと手を伸ばしてきた。
「鬼はそとー!」
ビシッと豆を投げつけた。ぎゃあ!と鬼たちが悲鳴をあげた。もう一回!
「鬼はーそとーっ!」
ぎゃああああと悲鳴をあげて転げるように鬼たちが退いていく。やけに効果のある豆だ。私の力はまだ何も込めていないのに?
『なぜその豆を持っている!』
『福の神の仕業か!』
……福の神!?あの老人はもしかして福の神だったの!?私はいつの間にか鬼だけでなく福の神まで呼び寄せていたらしい。この豆、すごい豆じゃないの!
豆に怒り狂って鬼たちが視線をこちらに向けた。よし。そろそろ一網打尽しちゃ……!?秋生さん!?玄関の入り口からスタスタ歩いてきた。
鬼たちがいるが、構わずぶつかることもなく平然としている。見えてないから当たり前なのかもしれないけど……逆に鬼たちがどこか憑き物が落ちたようになり、背中を向けて静かに帰っていった。
「秋生さん……すごい……どうして?」
「え?なにが!?ただいま!遅かったかな?」
スーツ姿で眼鏡をかけた私の旦那様は鈍いのかしら?鬼たちが去っていき、綺麗な空気が流れる。
「アハハッ!良いとこに帰ってきた。ひまりちゃんの気合いのはいった豆まき見ちゃったな」
見られてたーーーーっ!
「違う!あれはっ!」
あれは……えーと……えーと……。どう説明しようかな?
「別にいいんだよ。楽しそうで良かった。さあ、家の中に入ろう」
クスクス笑い続ける秋生さん。ひまりちゃんの元気な顔を見ると、疲れがとれるよーと言ってくれたので、それ以上、私は言わないことにしたのだった。
手に灯りを持って歩いて往く。この辺りで、よく牛車と出会うが、今日は一人っ子一人出会わない。
『そこのもの、近う寄れ。近う寄れ。そう急がずとも良いじゃろう』
四条あたりの道を歩くと声をかけられた。まったく五月蝿い。小者が急いでおるときに何用だろう。陰陽寮へ呼び出されたのに間に合わなくなる。
振り返ると同時に術を放つ!パッと稲光が起こる。
「………っ!」
私は思わず飛び起きた。横に寝ているはずの秋生《しゅうせい》さんは出張でいない。
汗がすごい。手の甲で額を拭う。シンとした静かな寝室。また夢。時々昔の夢を見る。とても鮮明で自分がどちらに生きているのかわからなくなる。
もう眠れないから温かい飲み物でも飲もうと起き上がり、足を床につけようとし、一瞬パジャマが狩衣に見えて頭がクラクラした。目を瞬かせる。
こちらに戻れと自分に言い聞かせる。
「秋生さんが居てくれると良いのに……」
一人だと心細い。こんな思いは平安の頃では感じたことがなかった。秋生さんのせいだわ。彼に出会って、一人では生きていけなくなった。
ホットミルクとビスケットの缶を出す。まだ明け方の外は暗い。新聞でも取ってこよう。
今日は二月三日か……。夜が怖い。節分は鬼が彷徨く。
早起きしたから、掃除でもしようと家の前の掃き掃除をしていると、一人の老人が通りかかった。
「おや?朝早くからご苦労さま」
「おはようございます」
ペコリと頭を下げると、老人はほっほっほと笑う。その笑い方に思わず私もつられ笑いした。サンタさんみたいな優しそうな人だ。ご近所にこんな人がいなんて嬉しいなと思わずその温かな笑い方にほっこりした。
「頑張ってるご褒美にコレをあげよう」
布の袋をくれた。なんだか温かい。
「ありがとうございます。じゃあ、お返しに……」
私が中から和菓子でも持ってこようとしたが、気づけば姿はなかった。もしかして、また人ならぬものだった?
私は貰った袋を開けてみる。中には炒りたての豆が入っていた。
「まあ!人じゃないなんて疑うなんて、悪いことしちゃったわ。ご近所の優しい方だったのね」
後でどこの家かわかったらご挨拶に行こう。節分だからわざわざ豆をくれたのね。
今日は節分。鬼退治していた平安の世とは違う。密やかに家に居ることにしよう。
扉を閉めて、入れないようにしっかりと結界を張る。夜の帳が下りると節分の夜がやってくる。
ドンドン!と玄関のドアを叩く音がする。始まった。鬼がやってきたのだ。秋生さんは今日も仕事……一人で何時間耐えれば良いのだろう?五月蝿いなら、むしろ退治しちゃうおうかな?だけど強い鬼なら怪我をするかもしれない。
怪我をして、どうしたんだ!?と秋生さんに問い詰められては大変なのよね。
『あけろ。あけろ』
『入らせろ。うまそうな力の匂いがする』
『食いたい』
ドンドンと扉を叩く音はどんどん強くなってきた。そんな時、ピロンと携帯の音がした。
秋生さんからだ!メールで『そろそろ家に着くよ〜。今日はわりと早く帰れたよ〜』と送られてきた。
なんでこんなタイミングなの?まずいことに家の前にはたくさんの鬼がいる。秋生さんが食べられてしまうわ。
私はそうだ!と思い出す。もらった豆があるじゃないの!
袋を握りしめて玄関へ走る。扉を開くとそこには頭に角がある恐ろしい顔をした鬼が並んでいた。私にうまそうだと手を伸ばしてきた。
「鬼はそとー!」
ビシッと豆を投げつけた。ぎゃあ!と鬼たちが悲鳴をあげた。もう一回!
「鬼はーそとーっ!」
ぎゃああああと悲鳴をあげて転げるように鬼たちが退いていく。やけに効果のある豆だ。私の力はまだ何も込めていないのに?
『なぜその豆を持っている!』
『福の神の仕業か!』
……福の神!?あの老人はもしかして福の神だったの!?私はいつの間にか鬼だけでなく福の神まで呼び寄せていたらしい。この豆、すごい豆じゃないの!
豆に怒り狂って鬼たちが視線をこちらに向けた。よし。そろそろ一網打尽しちゃ……!?秋生さん!?玄関の入り口からスタスタ歩いてきた。
鬼たちがいるが、構わずぶつかることもなく平然としている。見えてないから当たり前なのかもしれないけど……逆に鬼たちがどこか憑き物が落ちたようになり、背中を向けて静かに帰っていった。
「秋生さん……すごい……どうして?」
「え?なにが!?ただいま!遅かったかな?」
スーツ姿で眼鏡をかけた私の旦那様は鈍いのかしら?鬼たちが去っていき、綺麗な空気が流れる。
「アハハッ!良いとこに帰ってきた。ひまりちゃんの気合いのはいった豆まき見ちゃったな」
見られてたーーーーっ!
「違う!あれはっ!」
あれは……えーと……えーと……。どう説明しようかな?
「別にいいんだよ。楽しそうで良かった。さあ、家の中に入ろう」
クスクス笑い続ける秋生さん。ひまりちゃんの元気な顔を見ると、疲れがとれるよーと言ってくれたので、それ以上、私は言わないことにしたのだった。