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同じ演劇部の好きな先輩がSNSによって全世界に発信されてしまった。
彼がかっこいいことなんて私は前から気づいていた。
1つの小さな媒体にこれでもかと人は集まり、一喜一憂する。バカみたいだけど私だってその渦にしっかりと巻き込まれていた。


「めっちゃバズってますよ先輩!」

「バズってるのは分かるが、みてみろよ端にうつってる依田のことでコメント欄が埋め尽くされてるぜ。

これ依田に許可とってないし殺されるんじゃねえの」


部員と部長のそんな会話をきいて私は「うへぇ」と変なため息をついた。

もう昨日から何度もみたその動画を自らのスマホで再度みつめる。
依田先輩は、演劇部の中でも裏方の仕事をしており表には立たない。

そのSNSに発信された映像は、3ヶ月後にせまる文化祭に人を呼ぶために発信されたものではあったものの踊る演劇部員の端で大道具の準備をしていた依田先輩に注目が集まった。

というのも、日頃は長い前髪で目は隠れており、黒縁のメガネをかけているような先輩なのに、

この日は汗をかいたのか眼鏡をとり、前髪を上にあげていたのだ。

その姿は部活の中でしかみれない貴重なものだったのに。

わたしはスマホを真っ暗にして部室の端でため息をついた。

今の感情を言葉に表すと、『複雑』である。

片思いしている先輩がかっこいいことなんて知っていた。そのかっこよさがついに認められたことにたいして、少し得意げになっている気持ちもあるが、お願いだから先輩のこと好きにならないで!と願う気持ちで大半は埋め尽くされている。

ーーーあのかっこよさがバレてしまっては私の告白できるチャンスがどんどん狭まっていくに違いない。

運良く先輩と付き合えたとしても、それすら全世界に発信されて『つりあってない』と私が炎上することが目に見える。

可能性が低い妄想を繰り広げて私は1人で頭を抱えた。

そもそもこのことを依田先輩は知っているのだろうか。


「お疲れ様です!依田先輩!」


部室に入ってきた依田先輩にスマホをひらひら揺らしながら部員が近づく。

メガネを片手で軽く上げた依田先輩が「お疲れ」と軽く返事をして荷物を肩からおろしていると、その動きに合わせて話しかけにいった部員が映像を依田先輩の視界に入るように持っていく。

「先輩、これみました?」

「みてない」


映像もちゃんと見ていないままそう即答する。興味がないのか顔を背けていつも通り部活の準備に取り掛かり始める。どっちともとれない返事だと思った。

ばっさりと切り捨てられた部員の東田は負けじと依田先輩に近寄った。


「みてくださいよ!だってこれ、バズって」

「東田」

「はい」

呼ばれた部員が姿勢を正す。
依田先輩は地味な格好をしているし、部活では表にはたたないけれど、彼に誰も逆らうことはできなかった。

この演劇部は、依田先輩と部長である花野先輩の2人で築き上げたといっても過言ではないからだ。



「その話はあとでだ」


そして依田先輩の口癖は「あとで」である。

おそらく彼自身の中での優先順位が決まっており、それが誰かによって不要に変えられそうになると、「あとで」とよく言っているのだと好きになって一年半の私が自信を持って言う。

その言葉によって、これ以上依田先輩に拡散された動画について説明する機会を失った部員たちは諦めて静かに各自のやるべきことをやりはじめた。