「変わらないですね、長谷川先生」

10年以上もたてば色々と変わるだろうと思ったが、美少年は美しさを保ったまま大人になっていた。
そして、落ち着いた雰囲気は変わらない。

俺は、彼の前にお茶を差し出して「二瀬も変わらないなあ」と笑った。


「苗字、変わったんですよ」


「何になったんだ?」


「高橋です」


「そうか」


あのあと、彼は施設にいったと聞いていた。その後も色々あったのだろうとは思うがあえてそこは聞かなかった。
二瀬にとってあの時期は苦痛の思い出が多いものだったのだろうとは思うから。
なのに、彼はなぜ会いにきてくれたのだろうか。


「長谷川先生、あのノートって書いた少女に返したんですか?」


「ノート?」


「あれです、『スター国物語』」


一気に二瀬と過ごしたあの空き教室の時間が蘇る。
あの時は二瀬も自分もいろんなものと戦っていた間の刹那だったように思う。
俺は立ち上がって、二瀬の後ろにある棚をあけた。

「返そうとして、わざわざ彼女の中学まで行ったんだが『いらないです』って断られてなあ」

「そうなんですね」

「捨てるのももったいないし、確かこの辺に入れておいたんだが」


大掃除の時に毎回取り出してはパラパラとめくって読むことはなく棚にしまっていた。
年末まであったのは覚えているのに、そこには何もなかった。


「ないな」

「…そうですか」

「ちゃんと探しておくよ、あったら連絡する」

「はい、お願いします」

スマホを取り出した二瀬に、俺も使い慣れていないスマホをポケットから取り出す。
明るくなった自分の画面を見て二瀬が「初期画面ですね」と小さく笑った。
この笑い方もあの時と全然変わらない。


「なんで急に『スター国物語』なんだ?」

「俺あれ結局最後まで読んでないんですよ」

「ああ、そういえばそうだったな」

でもそこまでして読みたいか?子供がつくった物語だぞ。身近にあっても読まなかったので正直見つかったら二瀬に譲りたいところだ。
俺は、あの頃の宝ともう一度繋がることができたのだからもうあのノートはいらないかな、と画面に出された二瀬の連絡先をみつめながら思う。


「二瀬は、今何してるんだ?」



二瀬にそう問えば、彼はにこりと笑った。