「いつも何時に寝ているの?」
「……バラバラ」
「起きる時間は?」
「7時……半……過ぎ……くらい」
「その時間で、ホームルームに間に合うの?」

 顔をこちらに向けたまま、浅尾の瞼がまた閉じる。え、もしかしてこのタイミングで、寝落ち?
 と思ったら、教室のドアが開く音で、浅尾はパチッと目を開いた。
 
「間に合ってる」
「え? あ、そうか、そうだね。間に合っているね、実際」

 なんだか、独特な間で喋るな。眠いからなのか、もともとなのか……よく分からない。
 だけど一応、俺と会話をしてくれる気はあるらしい。浅尾に話しかけて無視されたと言っていたクラスメイトもいたから、本当は少し不安だったんだ。

 この流れで、浅尾が住んでいる場所を尋ねよう……と思ったのに、もうホームルームが始まってしまった。
 でも、7時半過ぎに起きて間に合う場所、ということは分かった。服や髪はいつも整っているから、準備に10分か15分かかるとして、電車で30分程度。学校から、半径5km圏内くらいかな。結構、街中に住んでいるのかもしれない。

 この予想が当たっているのか確かめるために会話のチャンスを伺ったものの、ホームルーム中からずっと、浅尾は目を閉じて微動だにしなかった。1時間目の授業が始まっても、そのまま。先生に怒られないか、俺のほうがハラハラしてしまう。

「……で、生物の基本的な最小単位は、細胞というわけです。浅尾君、聞いていましたか?」

 ああ、ほら。やっぱり、先生に目をつけられていたんだ。
 名指しをされても、浅尾はピクリともしない。俺が腕をつつくと、ようやく薄っすらと目を開けて、こちらを見た。

「せ、先生に指されているよ」

 そう教えても、まったく焦る様子はない。それとも、寝ぼけているのかな。
 うう、先生の優しそうな笑顔が、逆に怖いよ。

「浅尾君」
「はい」
「質問です。生物の基本的な最小単位は、なんですか?」
「細胞」
 
 あ、あれ? 教えてあげたほうがいいのかと思ったけれど、はっきり答えている。もしかして、聞いていないようで聞いていたのかな。先生も、少し拍子抜けしている。
 すると浅尾は、無表情のまま、さらに口を開いた。
 
「細胞は核とそれ以外の細胞質からなり細胞質の一番外側には細胞膜があり内部は細胞小器官で満たされているが液体の部分がないわけではなく細胞小器官が浮かんでいる液体の部分を細胞質基質あるいはサイトゾールと呼んでいてサイトゾールにはカリウムイオンなどのイオン類のほか多くのタンパク質やその原料であるアミノ酸ブドウ糖などが溶け込んでいる」

 活舌はいいけれど、ものすごく早口。しかも声があまり大きくないから、よく聞き取れない。
 だけど、なにか難しいことを言っていることだけは分かったから、先生もクラスメイトも、唖然とした表情で浅尾を見つめていた。