「守るよ」

あなたは何の気なしに言ったのかもしれない。確かに私はその言葉通りあなたに守られてきたと思う。でもその言葉が今、私を苦しめている。

私は新入社員で、あなたはその職場の先輩だった。私は初め、あなたのことを恐がっていた。大きな声でたくさんの指示をとばしていたあなた。臆病で内気な私は、なかなか話しかけることも出来ずにいた。
そんな中行われた私達新入社員の歓迎会。
あなたの向かいに座った私は、場の空気にも馴染めず、お酒ただちびちびと飲むだけ。そんな私を見かねてか、あなたは大きな声で話しかけてくれた。
驚いたけれど、嬉しかった。いつもは恐いのに、お酒のおかげか饒舌になれた。こういう席では、いつだって端っこでぽつねんとしていたから、あなたの優しさが嬉しくて。
私がそんな風に話すのがめずらしかったのかもしれない。周囲の先輩たちがあなたをからかった。するとあなたは、はにかみながら、はっきりと言ったのだ。
「俺はこの子の先輩だから、この子を守るよ」

そのときは、正直頼もしいひとくらいにしか思わなかった。でもあなたと仕事をするたびにその言葉が頭をよぎった。家に帰って、ひと息ついても、あなたのことを考えるようになった。

ーーー想いに気づけば苦しかった。伝えることも、いや、想うことすらきっと許されないのだ。
あなたには奥さんも、子どももいる。
後輩として守ってもらいながら、いつの間にかあの言葉は私を苦しめていた。他意はないんだと、言い聞かせるほどに。

その日は、会社の社員旅行だった。私はバスに酔ってしまい、観光もせず車内にひとり残った。
ひとりで考えるのは、やっぱりあなたのことだった。
どうして、どうして、どうして。ぐるぐると想いを巡らせる。

「大丈夫?」

びくりと身体をゆらし、見上げるとそこにはあなたがいた。涙が出そうになるのを、懸命にこらえる。
私の隣に腰をおろし、あなたは背伸びをした。観光なんか退屈だねと言って、はにかんだ。
何も言えずにあなたを見つめた。あなたもそれに気付いて、こちらを見る。
二人とも何か言いかけて、口をつぐんだ。何か言いたそうな瞳だと思った。
けれど何かを言うことはなく、口づけていた。少し長いキスが終わると、ゆっくりと離れ、泣きそうな眼をしてあなたは言った。
「ごめん」

私は涙を抑えきれず、あなたのシャツを握りしめて、叫ぶように言う。
「どうして守るって言ったんですか」

答えはなかった。気付けば抱きすくめられていた。ああ、もうこの道から逃げることはできないと、どこかでわかった。ひとはこうして、誰かの大切なひとを、奪うのだと。

終わりの始まりなんだと、ぼんやりと思いながら、私はあなたの背中に手をまわした。