あの日は夏祭りだった。


小さな私の町。観光だけが唯一の稼ぎのような、そんな町。その小さなお祭りが、私は大好きだった。
私はあの頃中学生で、その年もこの日を心待ちにしていた。

浴衣は紺地に色鮮やかな梅の花。
山吹色の帯を締め、緋色の帯飾りを結ぶ。
長く伸ばした髪は高く結ってまとめる。
最後にそっと、ひかえめな花の髪飾りを付けた。
畳の部屋で何度も何度も鏡を見つめ、入念に準備するのは、たったひとりのためだった。


からころと下駄を鳴らして、夏に賑わう人の中歩いた。
待ち合わせなどしていない。
あの頃の私に、そんなこと言えるはずもなかったのだ。

彼の前では、はがゆいほどいつもの自分ではいられなかった。
廊下ですれ違っても、声を掛けるどころか目も合わせられなかった。
ほとんど言葉など交わせないのに、募るこれはなんなのだろうと不思議ですらあった。


あの日は賭けをしていた。
会えたら、告げようと。
小さな町の、小さな夏祭り。会わないわけも、なかったのだけれど。


彼は私の浴衣姿をどう思うだろうか。少しはきれいだと、思ってくれるだろうか。
冴えない制服のときよりも、心は違うだろうか。



向こうから現れた、ひと。
見間違えるはずもない。
賭けに勝ってしまったな、そう少し後悔した。


どうやって呼び止めて、どうやって告げたのか、不思議なほどはっきり覚えている。
ちょうど花火が上がる中で、私は告げた。
すきですと、そのたった一言。


彼は困ったように笑っていた。
その一瞬の表情で、私の初恋は終わったとわかったのに。
それでも期待を抱いてしまうほど、すきなのだと思い知る。


今でも覚えている、滲んだ打ち上げ花火。
少し着崩れた浴衣が、終わったのだと告げていた。


あの日は、夏祭りだった。