彼女と別れ、私は感情の読めない黒芭くんとともにそのまま帰路に就いたのだけど……。

家に帰り着くまで、いや、帰り着いてもすぐに自分の部屋に直行してしまった彼とはそれ以降会話らしい会話は特になく。


それでも部屋からずっと出てこないとか、あからさまに様子が違うとかそういうのはなくて、夕食時には普通に席で食事をとっていたし、家族に声をかけられればいつも通りぶっきらぼうながらも返事をしていた。

明らかに普段との変化を感じたのは、平河さんに名前を呼ばれたあのタイミングから病院を出るまでのあの時間だけだった。


平河さん自身も言っていた通り、その過去に触れてほしくないんだと思うし、何も知らない私が自ら彼に言葉をかけてあげることもできない。そもそも何を言うべきかもわからない。

だから私は彼がそうしているように、何もなかった風を装って生活を続けていくしかなくて、まだ知り合ってからそんなに時間が経っていないとはいえ、一つ屋根の下で暮らしていて、少なからずお世話にもなっている相手だ。その縮まらない距離感が少し歯痒かった。


そういえば、エレナがお兄さん――櫂先輩と揉めた日の後日も、彼女はまるで何事もなかったかのようないつも通りの調子で登校してきた。

昨日の今日で、心配を顔に出してしまっていた私に対しても、最初に一言「昨日は悪かったなー」なんて舌を出して冗談っぽく笑いながら詫びるだけで、以降は本当に何もないような態度で振る舞っていた。


私の周りにいる人は、なんでもない振りが上手すぎる。

皆、何かしらそれぞれに重いものを抱えているのはわかるのに、それを他人に見せないし、不用意に晒さない。


それが今の――私と彼らの距離ということ。


「はぁ……」


なんだかなあと、人影の去ったリビングでひとりため息を吐く私に、

「らしくないね。ため息なんか吐いて。どうかした?」

ガラスの螺旋階段を下りながら声をかけてきたのは、渦中の彼――ではなく、そのお兄さんの白亜くん。


「ううん。なんでもない。ただ私ってまだまだなんだなーって思っただけ」


就寝前にコップ1杯のお水を飲むと美容に良いとか体に良いとか、昔祖母から教わった健康法のひとつを気まぐれに試しながら、私はあまり量の減っていないそのコップの水面(みなも)をゆらゆらと揺らして答える。

白亜くんは何も言わずに表情だけを緩めて、部屋に持ち込んでいたらしいマグカップを流し台に置くと、ソファに座る私の隣にゆっくりと腰かけた。