「――それじゃあ、さっきも言ったけど、この子は私たちキャットプラスが責任を持って引き取り手に届けるまでのお世話を行いますね」


動物病院の外で、私はあくまで至って冷静な平河さんと対峙し、話をしていた。

退院した子猫は、平河さんが持参した猫用キャリーの中で、物珍しそうに辺りをちらちらと見やっている。


「もし何か用事があったらここに電話してくれる?私は普段は別の仕事をしているから常駐しているわけじゃないけど、可能な限り応答するようにするわ。この子の様子も、希望があれば飼い主が見つかるまでの間、定期的にお伝えすることも可能よ」

少し距離を取り、動物病院の壁にもたれかかって無言を貫く黒芭くんにはあえて触れずに、彼女は胸元から1枚の名刺を取り出して私に差し出した。


「あの……」

名刺を受け取りながらも、私の関心は完全に別のところに向かっていて。

もちろん、猫の様子は気になるし、何かあればすぐに連絡する準備はあるんだけど。


私の視線の意図を感じ取った平河さんは、困ったように苦笑して私を見つめ返す。


「黒芭くんとはね、ちょっと古い知り合いというか、彼がまだこのくらい小さかった頃に会ったことがあるの」

平河さんは、自分の腰くらいの高さに手のひらを浮かせて、当時を懐かしむように力なく笑った。


「だけど……。彼にとって私との再会は、きっとあまり良い方向には心が動かないと思うの。だから、そっとしておいてあげたいし、私からこれ以上何かを語る気はないんだ」

「平河さん……」


そう話す平河さんの瞳は、言葉とは裏腹に悲しそうで、その現状を残念がっているようにも感じられた。

事情はわからないけれど、彼女の決定に、完全な部外者である私が何かを意見する権利はない。


私は仕方なく頷いて、最後にキャリーの猫に間近で手を振ると、帰って行く平河さんの背中をひとり、黙って見送った。