平河さんの突然の問いかけに、黒芭くん自身も珍しく虚を突かれたような顔をして黒目を小さくしている。


え?え??

どうして、平河さんが黒芭くんの名前を知っているの……?


二人の接点など全く知り得ない私が口を挟むわけにもいかず、ただ交互に顔を見比べて様子を窺うしかできない。

それ以上の会話がなく、どういうことなのか、全く理解が追い付いていない状況の中――


「お待たせしました。猫ちゃんもお連れしましたよ。キャットプラスの方もご一緒ということですね」

「ミャーン」


そのタイミングでやって来た獣医の先生に私たち3人は同時に振り返る。


私は先生から猫ちゃんの状態の説明を受けながらも、二人の関係性への疑問が消えず、どこか集中力を欠いてしまっていた。

そんな私を、真っすぐな眼で見つめる元気になった子猫は、前に会ったときよりも少しだけ体が大きくなったようだ。痛々しかった怪我の跡は消え去り、呑気な調子で欠伸をしている。


猫の様子にも気を配りながら、私の隣でしっかりと相槌を打って説明を聞いている平河さんは、もうすでに保護猫団体職員の顔つきになっていて、私なんかよりもよっぽど頼りがいがあった。

しばらく話を聞きながら、ちらりと視線を黒芭くんに投げると、彼は焦点の合わない瞳でぼんやりとしていて、意識は完全に上の空だ。

その瞬間、聖さんが言っていた“猫を助けた際に受けた過去の傷”とやらの話が脳裏によぎる。

もしかして平河さんはその時に何か関係があった人だったのかな。


こんな空っぽみたいな顔をした黒芭くんを見たのはこれが初めてで、私の鼓動は嫌に速くなる。


「説明は以上です。それでは引き取りのサインを――」

「先ほど、保護主様の咲田さんより正式に依頼がありましたので、キャットプラスが責任を持って猫ちゃんをお預かりいたします」


私が黒芭くんの様子に気を揉まれているうちに、隣の平河さんは慣れた手つきで書類にサインをし、必要な手続きを済ませて行く。

そして結局、私はこれと言って何もすることのないまま、無事に引き取りは完了した。