帰宅後、手洗いうがいを済ませた私はそのままの足で2階へ上がり、普段はあまり近寄ることのない部屋の扉をノックする。

「黒芭くん、いる……?」

週末はアルバイトに出ていることが多い彼なので、不在の可能性も十分にあり得るのだが……。(居たら居たで大抵機嫌が悪いし、それならそれで結構だ)

しばらく時間が経ってから、ガチャリ、部屋のドアノブが開かれる音がした。


「……なんか用?俺、家でも学校でも近づくなってあれほど……」

「あーはいはい、それは後にして欲しいの!すっごく大事な用があるから!」


寝起きだったのか、想像以上に不機嫌MAXな彼の唸るような低い声を遮り、直後に落ちて来た絶対零度なドス黒いオーラを受け止める。


ひ、怯むな。怯むな、私。

自分で自分を必死に鼓舞しながら、彼から目を逸らさずに続けた。


「実は、さっき動物病院から電話があって、来週月曜日に猫ちゃんのお迎えに行くことになったの」

「……あ?猫?」

「そう。猫。私たちが道端で助けて動物病院に連れて行ったあの猫ちゃん」


私が懇切丁寧に答えると、そもそも最初から理解していたらしい彼はさらに目を細めて私を睨む。


「迎えに行って、その後は?この家では飼えねーっつっただろ」

「それは……うん、ちゃんとなんとかする。私が里親探しまでちゃんと責任もってする。とりあえず今から飼ってくれそうな友達とかに片っ端から当たってみる」

「上手く見つかるといいけどな。この短期間で」


そう話す黒芭くんの口ぶりからは、“見つかるわけがない”という確信的な強い意思を感じる。

わ、わかんないじゃん……。

もしかしたら、運良く今ペットの猫ちゃんをお迎えしたいと思っている家庭があるかもしれないし。


「じゃ、じゃあ黒芭くんも里親探し、協力してくれたり……」

「しねーよ、甘えんな。お前は自分で責任取るって最初に言っただろ。俺は寝る。もうノックすんなよ」


ダメ元もダメ元で上目遣いで情に訴えてみたけれど、全く効果がなかったどころかこちらにダメージが返って来てしまった。

わ、わかりましたよ……。自分でなんとかします!

そう決意を新たにしつつ、強制的に閉まりかけたドアにもう一度手を挟む。


「……あ?」

「ご、ごめん。あのさ。里親探しは自分でするから、月曜日の放課後、病院まで付き添ってくれない……?あそこ駅から離れてるし、自分一人で行くにはちょっと大変かなーーって……」

「……」


黒芭くんはうんともすんとも言うことなく、ただ私をきつく睨んでから、今度こそ思い切り私を押しやるようにドアを閉めた。