まさか、本当にそれを実践する日が来るなんて、その時の僕は微塵も思っていなかった。

事務所に持たされていたキッズケータイを毎日首から下げていた僕は、5歳の誕生日を目前に控えた12月21日のあの日、母を最後に見送ることになる。


――良い子で待っていたら、ちゃんと帰って来るからね。

裕福な実家から持ち込んでいた限りある宝飾品を身に着けてする外出は、決まって好きな男の元へ向かう日の夜だった。


ホストに狂って不倫を重ね、離婚を言い渡されて実家に勘当された結果、このような生活を強いられているのだというのに、またこうして繰り返す。

今思い返しても、やはりあの人は心の弱い女だったように思う。

何かに縋って生きていくしか、生き方を知らなかったんだろう。


繰り返される母親の愚行を咎める気にもならず、そうして去って行く彼女の背中を、いつも僕は黙って見送っていた。

それでも気になって、明け方に玄関の鍵が解錠される音がするまで、目を開けたまま布団に包まれていたこともある。


なんだかんだで母親の帰りをちゃんと待っていた僕は、どれだけ愚かな行動をしても、母親らしからぬ姿を見ても、彼女が自分の元へ戻って来ることを信じて止まなかった。

昔、何度も母に言われた。

――白亜だけは、お母さんを傷つけないでね。お母さんに、嘘をつかないでね。

だから母だって、同じだと思っていた。僕に嘘はつかないと、根拠もないのに疑わなかった。

そんな子供ながらの小さな期待に全てをかけて、毎夜彼女を見送っていたのだから、あの頃も僕は随分と聞き分けが良かったはずだと、自分でも思う。


――じゃあね。

いつものように頭を撫でて母が家を出て行ってから、3日が経った。


その前の撮影の時にマネージャーから色々とおやつはもらっていたし、家にいる時も適当に何かしらを食べていたから、一応は空腹に喘ぐようなことはなかったけれど、3日目となるとさすがにそうもいかなくなってきて。

何よりその日は、僕の5歳の誕生日だったから。

誕生日前は母親と過ごしたいだろうと、仕事を入れずにいてくれた事務所の厚意もあって、僕はその間ずっと家に一人きりだった。


それでも玄関の前で体育座りをして、懲りずに母の帰りを待ち続けては、眠気が限界に達して眠る。

それを2日繰り返して、誕生日当日を迎えて、やっぱり僕は玄関の前で座って、お尻が疲れたら立ち上がって、時には窓から外を眺めて、彼女の帰りをずっとずっと待っていた。

ささやかながらもクリスマスカラーに彩られた閑静な街並みを彼女が歩いてこないかと、今か今かと待ち焦がれていた。


それでも呆気なく誕生日当日の夜は過ぎて行き、25日――世間はクリスマス本番の聖夜を迎える。



『――はい、警察です。事件ですか?事故ですか?』


不思議と涙は出なかったし、緊張もしなかった。

ただ空っぽになった頭と心が栄養失調を訴えて、勝手にそうするように指令を下したんだと思う。



「――お母さんが、三日間家に帰って来ていません。僕を助けに来てください」