僕の言葉を聞いた櫂は、何かに興味を惹かれたのか、「へえ……?」そう含みのある言い方をして薄く笑っている。

僕がある推察をして見返すと、何となくそれを理解したらしい彼は、ニヤリと口角を上げてさらに笑った。


「そのボーカル、雨宮洸って男。実は、国会議員の雨宮徹(あまみや とおる)氏の一人息子なんだけどさぁ」


脳裏によぎっていた僕の予測の答え合わせを促すように、彼は話を続けていく。


「そのさらに父親である、雨宮勲(あまみや いさお)氏ってのが東蘭の理事会で結構でかい権力を持ってる古参のじーちゃんなわけね~。で、さらには奥さんが大手衣料メーカーのヒノヤホールディングス現会長を務めていらっしゃって、お抱えのデザイナーはなんとうちの制服をデザインした超凄腕スペシャリストときた」


櫂の言わんとしている内容が大方自分の想像通りだったことは、恐らくヤツも気付いているだろうが、僕は特に言葉を発さず表情にも変化をつけずに無言を貫く。


「お前の予想している通り、エレナを嫁に欲しいんだってさ。孫である雨宮洸のな」


そこで、回りくどい説明に飽きたのか、唐突に結論を切り出した櫂に、僕はやれやれとかすかに息を漏らして答える。


「東蘭は字の通り政治的にも、雨宮理事の奥方の会社から受けて来た支援や義援金の意味合いでも、雨宮氏の提言を簡単に無下にすることもできない、と」

「そ!このままだと、エレナは卒業と同時に雨宮洸と政略的な婚姻を結ばされる。エレナは絶対に首を縦に振らないだろうから、そこで急きょ理事長殿から呼び出しを受けたのが、この俺ってわーけ」


内容の濃さに似合わず、ケロッとした態度で世間話でもするようにあざける男の琥珀色の瞳に、僕は渋々視線を投げた。


「おじさんに、エレナの結婚の説得をしろとでも言われた?」

「まさか。お前、わかってて訊いてるだろ?
俺は、自分の目と足で真実を確かめに来ただけよ〜。華麗なる雨宮一族の有する、誉高い血胤を受け継いだ、崇高なるお坊ちゃん様の隠されし素顔とやらをね〜」


まるで、雑誌の見出しを切り取ってきたかのような言い回しに、相も変わらず食えないなと苦笑する。

櫂の突然の帰国理由にも納得がいき満足した僕は、再び彼から視線を逸らして会話を打ち切った。


「ま、そういうわけだからさ。良い情報があったら回してくれよ~?俺の可愛いハーくん♪」

「……」


僕の左肩を2回ほど叩き、そのままゆるりとした歩調で教室から去って行く櫂の背中を黙って見つめる。

直後、ポケットに入れていたスマホが何かのアプリの通知音で揺れたことに気付き、僕は動じることなくそれを手に取った。


あの子はきっと今頃教室に戻って、落ち着かない様子でエレナの心配をしながら、僕や黒芭の帰りを待っているはずだ。

僕はメッセージアプリを起動し、適当な理由をでっち上げて断りの連絡を入れると、即座に届いた彼女の返信を確認して、再びそれをポケットに押し込んだ。