すぐに追いかければ間に合ったかもしれないけど、さすがにもう見つからないだろうしなぁ……。

捜しまわると本気でどこかの窓口にでも訴えられそうだし。


やむを得ず、私がカバンのポケットに琉唯くんの生徒手帳をしまおうとすると、ひらり、その手帳から1枚の写真のようなものが落ちて来た。

拾い上げると、そこには琉唯くんと思わしき面影の残るあどけない少年と、彼によく似た整った顔立ちの綺麗な女性が寄り添って写っていた。

写真の端に印字された日付は、今から凡そ5年前。琉唯くんが10歳くらいの頃だろうか。


琉唯くん、少し照れ臭そうだけど、良い笑顔だ。

この女性、多分お母さんとかかな。二人とも幸せそうで、お互いがお互いを大切に想っていることがよく伝わって来る。


って、勝手に見ちゃって申し訳ないけど……これは不可抗力だよね?

でもこれ以上はさすがにやめておこう。本人にバレでもしたら散々な目に遭いそうだ。


私はその写真を丁寧に生徒手帳に挟み、今度こそ確実にカバンの手前のポケットに押し入れた。

そのまま渡り廊下に戻ろうとしたところ、昇降口の方向から見知った人物が現れる。


「あれ?菜礼やん!まだ帰ってへんかったん?何しとんの?」

「颯介くんこそ。部活は?」

「今走り込み終わったとこやで。教室にタオル忘れてしもて取り行くねん」


そう話すユニフォーム姿の彼の額には走って来たからか大量の汗がにじんでいる。

そこでふいに私はエレナのことを思い出し、咄嗟に例の件を軽く相談してみることにした。


事情を説明すると、颯介くん自身も何か思い当たる節があるのか「あー」と気まずそうに声を漏らす。


「櫂さん戻ったんやな。しかも留年て。相変わらず自由主義やな~」

「さすがにもう家に帰ったかもしれないけど、エレナになんて声かければいいんだろ……」

「まあ、今はひとりにしたったらええんちゃう。エレナも色々考えたいことあんねんから」

「うん……」


颯介くんは、そっとしておいてあげることも優しさなんて言うけど、あんなに取り乱したエレナを放っておいていいのかな……。

私は教室に戻ろうとする彼を見送り、複雑な心境を抱えながらも、その日は大人しく家へ帰ることにした。