え……。

思いもよらぬ琉唯くんのつっけんどんな反応に、私は唖然として言葉を失う。


「急に現れて飛び出して来てさ。マジでなんなの?僕のこと助けたつもり?それ完全なる偽善でただの自己満足だから。っていうか、勝手に僕のこと付け回したりしないでよ、気持ち悪い」

一見、小動物のように可愛らしい顔立ちをしたその青年から繰り出される辛辣な言葉の数々に、私は反論するのも忘れてつい呆気にとられる。

「……え、付け回す?いやいや、付け回してないよ!帰ろうとしてたら声が聞こえてきてなんだか不穏な感じだったから……」

「それが迷惑だって言ってんの」


3秒遅れて反論するも、琉唯くんは転んだ拍子に脱げてしまったパーカーのフードをもう一度掴んで、乱れた前髪と服装を整えながらぶっきらぼうに言葉を被せる。

その時ふいに視界に入った彼の右耳下に広がる色のぼかされた薄い痣に、私は思わず視線を奪われた。


「……っ!もういい。僕行くから。二度と勝手に僕の跡をつけたりしないで。ストーカーだって訴えるから」


それに気付いたのか、素早くフードを目深に被り、下げていた黒マスクを鼻の上までグッと引き上げる琉唯くんは、最後に私をもう一度鋭く睨みつけてから追い越して行く。


「あっ、ちょっと、琉唯くん……!」


その後も私の声に立ち止まることなく、彼は早々に中庭から出て行ってしまった。

追いかけるわけにもいかず、私はひとり残されたその場所に留まり、何気なく辺りを見返してみる。


ん……?


丁度、琉唯くんと一緒に倒れ込んでしまったエリアからほど近いベンチの近くに、見覚えのない生徒手帳が落ちている。

当然、デジタル化が進んだわが校では学生証はアプリ内でも電子化されているが、文字でのスケジュール記録も兼ねている生徒手帳は、今も尚全校生徒に配布されているのだ。

とは言え、あんまりちゃんとこうして肌身離さず持ち歩くことって私はあまりなかったからちょっと新鮮で、興味本位もあって、地面に落ちたその手帳をさっと拾い上げる。

背面に差し込まれた学生証は裏返っていて誰のものか確認できなかったため、申し訳なく思いながらも、持ち主を調べるためにそっと中身を覗き見た。


――仁科琉唯(にしな るい)

億劫そうにカメラ目線から視点を外したしかめっ面のその顔写真は、加工されているわけでもないのに妬ましく思えるくらいに盛れている。これは間違いなく、証明写真に抵抗がないタイプの人間だ。

すっぴんにしてこのウルツヤ美肌に、女子も羨む長いまつ毛、くっきり大きな二重瞼。これはできれば……隣を歩きたくない。

――なんて、あまりの見目の良さを実感して思わず脱線しまくりの自分を律し、軌道修正。


これってもしかしなくても琉唯くんの落とし物ってことだよね……!?