「エレナ!」

去って行く彼女の背中を追いかけようと床を蹴ると、

――瞬間、私の右腕がグイッと強い力で引っ張られた。


「は、離してください。なんですか?」

「キミ、エレナの友達?双子の親っさんのどうとかさっき言われてたけど」


櫂先輩はエレナの前で話していたおどけた口調を元に戻して、それでもまだどこか不敵な笑みを浮かべて私を捉える。


「そうです。エレナの友達でクラスメイトですけど……」

「ふーん?そっかぁ~。エレナの女の子の友達かー。いやぁ、嬉しいねぇ」

「どういう意味ですか……?」

「いやね?あの子昔っからずっとあんな感じで口も悪くて態度もでかくてなかなか同性の友達に恵まれなかったんだよね~。加えて周りをうろついてるのは、無駄に顔の整ったクセのエグい双子でしょ?媚びるみたいに寄って来る女の子はいても、純粋に仲良くしようっていう友達はいなかったんだよね~」


櫂先輩は最初から変わらない笑顔のまま、「だから嬉しくてさ~」そう続けて私の頭を無遠慮に撫でる。

「ちょっ……やめてください」

そう言って彼の強引な片手を頭からどけると、好き勝手言われている双子も黙ってはおらず、

「櫂にだけは言われたくない」
「テメーにだけは言われたくねーよ」

声をシンクロさせてすかさずツッコミを入れていた。


「キミ、名前なんだっけ?双子の彼女ってわけじゃないみたいだけど。あ、もしかして未来の彼女候補?」

「咲田菜礼です。はい、絶対彼女ではないですし未来の彼女候補でもないです」

初日に電車で初めてエレナと会った時にも、同じようなことを訊かれたなと、今改めて思い出す。

やっぱりそこは兄妹なのか、その発言が少しだけ可笑しくて、不本意にも上がりそうになってしまった口角を、グッと堪えて真顔を貫いた。

「わーお。こんなド級のイケメン双子なかなかいないよ~?欲がないねぇ~。あ、何なら俺にしとく?今俺もフリーだし♪」

「ふざけないでください。私、エレナを追いかけます」

一瞬でも気を許しかけた自分を猛省しつつ、隙あらば話を弄りまわそうとする櫂先輩を睨みつけて、私は掴まれた腕を振り解くべく力を込めて引き寄せる。

すると、予想外にも呆気なくその手が離され、私が思わず頭上の櫂先輩を見やると、彼は相変わらず飄々とした眼差しで、含みのある笑みを浮かべて私を見ていた。

私は「失礼します」そう軽く会釈して、エレナの去って行った方角へ向けて走り出した。