いじわる双子のお気に入り~ドタバタ☆甘キュンDAYS~



ガチャン――

ユキさんがやっていたのと同じように、鍵を外す。

少しだけ頭を撫でて、またすぐに戻すつもりだった。


その、一瞬の隙に――


「ミャ~オ!」

「うわっ!!」


マニラは俺の体の隙間を器用に掻い潜って、地面に降り立ち――


「え!?ちょっと、マニラ!?」


玄関先で女性と立ち話をしていたユキさんの慌てた制止に振り返ることなく、その場から一目散に逃げ出してしまったのだ。


「あ、あの、ぼ、ボク、は……」

全身に感じたことのないような焦燥感と恐怖心が走り、マニラを逃がしてしまった責任から逃げるように、気付けば俺は走り去っていた。

背中に降りかかるユキさんの呼び声も聞こえなくなるくらいに一心不乱に。速く。





汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺を迎えた両親に追及を受け、俺は彼らとともに即刻ユキさんに謝りに行くことになったが、ユキさんは自分が目を離していたのが問題だったと言って俺を責めなかった。

里親の彼女はというと、出発の時間をそれ以上遅らせるわけにもいかず、俺とマニラのことを心配しながら、そのまま出立してしまったらしい。


その日からしばらくの間、俺は家族と一緒に可能な限り、マニラの行方を探して、手あたり次第近所を捜索した。

それでもこれといった手がかりは得られぬまま、2週間くらい経った頃だろうか。



それは、突然やって来た。



「――ミャァ」


「……マニ、ラ…………!?」



保育所の後、母親に連れられ、白亜とともに買い物に行った帰りだった。

食材を冷蔵庫に詰める母親から離れて、俺がひとり庭に出ると、それを背後で見ていた白亜がなぜか俺について来て、こう言った。



「あれ、猫じゃない?」

「え――」


いつも通り抑揚のない声で話す彼が、家の外の交差点を気ままに歩く一匹の猫の姿を指差したのだ。


見間違えるはずもなかった。

少しだけ痩せてしまった、まだ小さなキジトラの猫が、交差点の向こう側から、俺の家を――俺を見て、こちらへ向かって歩いて来ているのだから。



「マニラ――!!」


そして俺はまた安全確認を怠って、脇目も振らずに駆け出した。

無我夢中で道路に飛び出し――飛び出そうとしてしまったんだ。


「ニャーーー!!!」


その瞬間、これまで聞いたこともないような、強くはっきりと意思の感じる声で、彼女はひと際大きく鳴いた。

俺がその声に思わず足を止めると、間一髪のところで、目の前を中型の自家用車が走り去る。


「――!!」



嫌な音がした。

耳を塞ぎたくなる音だった。


まだ5歳だった小さな俺の心に、一つのトラウマとして消えない映像を植え付けるには十分な、そんな音だった。



「黒芭」


「……白亜、助けて……。ねえ、助けてよ……。マニラが……マニラが……」


地面に膝をついた俺の目線の先で、一匹の猫が、ピクリとも動かずに変わり果てた姿で倒れている。


ようやく、こうして会えたのに。

ずっと、ずっと捜していたのに――



俺はどんよりと空を覆った雨雲から降り始めた冷たい雨に身を打たれながら、


「うわあああああああ――」


声にならない声で叫んでいた。



――マニラはもう、息をしていなかった。





「――――!!」


照明の消えた真っ暗な部屋の天井に、俺は手を伸ばして目を覚ました。


「……夢か」


じっとりと嫌な汗を額に感じる。



命の責任。

当時幼かった俺には、それが一体どういうことなのか、まるで理解できていなかった。


言い訳なんてできない。

俺は、俺の身勝手な行動をきっかけにして、マニラという尊い命を失った。いや、奪ったんだ。



「……」


夕方、血相を変えて自転車の荷台から飛び降りるあの女の後ろ姿が、当時の俺に重なって見えて。なんだか凄く、不愉快だった。

慌てて追いかけると、そこには呼吸の浅い一匹の猫がいた。

女は、迷いのない真っすぐな眼差しで“猫を助けたい”そう言った。


もう動物に、何かの命に、関わりたくなんてなかったのに。

あの女があの時の馬鹿みたいな俺と同じ目をしていたから。


「はぁ……」


俺は明かりをつける気にもなれず、片腕を汗ばんだ額の上に置いて、深く息を漏らす。


マニラは俺を恨んでいるだろうか。

あの時の最後の決死の鳴き声は、彼女の命を無責任に奪った、俺への怒りの叫びだろうか。


こめかみに流れる汗を拭う気力もわかず、俺は真っ暗な闇に呑まれるように、開きかけた視界をもう一度閉ざして、そっと小さく息を吐いた。


~black side END~



「シロー、おはよー!雑誌見たよぉ~♪」

東蘭高校に転入して数日が経った頃。

私より少し先に教室に足を踏み入れた白亜くんを、待ってましたといわんばかりに取り囲むクラスメイトの女子生徒たち。


同じタイミングで登校してきたエレナが、状況を察して一言「あれはしばらく通れねーな」さっぱりとした口調で呟いたので、仕方なく私たちはもう一方のドアから中へ入った。


「雑誌ってなんのこと?」

「ん?それは――」


エレナが私の質問に答えようと口を開きかけて、丁度近くの女子の席に置きっぱなしになっていたその“雑誌”が目に入ったらしい。


「お、どうせこれじゃねーの?」


誰のものかもわからないその雑誌を勝手に拾い上げて、流し見しながらページを捲っていくエレナの隣で、私もそれとなくそれらのページを追いかける。


「お、これだな。おー、スゲーなシロの奴。今回はまるまる1ページシロ特集かよ」

「……!?ちょ、ちょっとエレナ。これって……」

「てか菜礼、シロから話聞いてなかったんだな。アイツ、たまにふらっとメンズ読モしてんだよ。生意気だよなー!」


それは校内でも周知の事実らしく、エレナが広げた雑誌の誌面には、“謎につつまれし大注目のイケメン読モ!神木亜白(かみき あしろ)くんの7日間密着コーデ♪”なる見出しがでかでかと表記されており、様々なファッションに身を包んだ彼の7日分のスナップ写真が掲載されていた。

爽やかな笑い顔、あまりイメージのないクールな横顔、高校生らしい茶目っ気あふれる笑顔、色々な表情をさらけ出した器用な姿に、不覚にも少しだけ、ドキドキしてしまう。


「そんなに見られると、紙に穴が開いちゃうかも」

エレナが開きっぱなしで机に戻したその雑誌を、食い入るように眺め続けていた私の鼻孔を、淡いコロンの香りがくすぐる。


顔を上げた先には、今まさに大穴を開ける勢いで直視していた誌面の彼と同じ顔をした青年が、いつもの微笑をたずさえて立っていた。

辺りには、どこか私を恨めしそうに見やる女子たちが一歩距離を置いて彼の後ろに群がっている。


「わあ……。ご本人登場ってやつだ」

「恥ずかしいなあ。一生懸命隠してたのに。さては、密告者はエレナだなー」


そうして名前を挙げられた彼女はというと、有名な棒キャンディーを片手に舌なめずりして誤魔化すように目を逸らしている。


「もしかしてこの前言ってた用事って……」

「実はそうなんだよね。これはもっと前に撮ったやつだけど」


ということは、2台持ちしていると思っていた黒いスマホは、モデルのお仕事用に使用している端末ということだったのか。

私が意外と身近に潜んでいた“芸能人”の存在に感嘆の声を上げると、「なに?」白亜くんが渋い顔をして苦々しく突っ込む。


「いやー、芸能人ってこんなにすぐ近くにいるもんなんだなーって……」

「大げさだよ。読モの大半は一般人がアルバイト感覚でやってるようなものだし、僕だって芸能活動も、今は特にやってないし」


そう謙遜する彼の言葉の一部が引っ掛かり、私が口を開きかけると同時に、HRの予鈴が鳴った。

私は仕方なくそれを飲み込み、着席し始めるクラスメイトたちに合わせて自分の座席へと移動する。


「シロー、それじゃあまた後でねー」
「バイバーイ」


他のクラスから白亜くん目当てに集まっていた女子生徒たちも口惜しそうに挨拶すると、散り散りになって各々の教室へ帰って行った。


その後すぐに担任の先生が入ってきて、デジタルボードにすらすらと何かを書き始める。

学級委員2名、イベント実行委員3名、風紀委員2名、美化委員2名、体育委員2名、広報委員1名、図書委員1名、放送委員1名――


クラスメイトたちがその意図を理解したのか、一様に顔を曇らせる。

そう、1学期恒例、委員会の役員決めだ。


「はい、じゃあ、まずは学級委員男女2名な。一応訊くが、立候補あるヤツはいるかー?
……予想通りだが誰もいないので、先生お手製のクジで決めたいと思いまーす」


生徒たちの憂鬱そうなブーイングを一蹴し、おもむろにアナログ仕様の手作りクジを持ち出した先生は、早速箱の中から、1枚折り畳まれたクジを抜き取る。


「――桃園。はい、学級委員の女子は桃園な」

「はあ!?アタシ!?マジかよ!!」


余程運が悪かったのか、敢え無く指名されてしまったのはエレナだった。

周りの生徒たちが安堵する中、ひとり悔しそうに天を仰ぐエレナに、先生はニヤリと笑って続ける。


「桃園、安心しろ。最初に選ばれたお前の特権として、他の役員のクジ引きを担当させてやる」

「はー!?んなのどうっでもいいわ!誰が引いても同じだろーが」

「そうかー?んじゃー、お前が名指しで指名してもいいぞー。相手が承諾すればな」

「お、マジで?」


先生からの想定外の切り替えしにエレナの顔色がパッと明るくなる。

待って。怖い。嫌なんだけど。

エレナと目を合わさないように顔を背ける生徒が続出する中、エレナは席を立ち、ぐるりと教室内を見回した。


「んじゃ、学級委員は一旦置いといてー、イベント実行委員は、双子と菜礼な!」

「……」


何となく予想していた通りの結果となり、私と隣の席の白亜くんは同時に項垂れる。

一応、双子のもう一方のほうもそれとなく確認してみると、いつも通り顔を机に伏せて熟睡中のようだった。

起きたら相当怒りそう……。


エレナによってイベント実行委員に指名された私たちが反応する前に、双子のファンと思わしき女子生徒たちが声を上げ始める。


「ちょっとエレナ!シロがやるなら私もやるから指名し直して!」
「えっずるい!私だってクロくんとならやりたい!」


口々に抗議する女子生徒たちを前にしても、エレナは「異論は認めませーん」と彼女たちの要望をまとめて切り捨てた。


あーあ……。

まーた私が理不尽なやっかみを引き受ける羽目に……。


そう肩を落としかけた私の耳に、ニヤリと怪しい笑みを浮かべたエレナの追撃が降りかかる。


「そもそもさー。アンタたちは、シロやクロ相手に下手に下心持ってる妙な女が委員会を言い訳にして抜け駆けしてもいいわけ?それくらいなら、この中で最も心配のいらない“親戚”の菜礼に任せた方が一番平和的解決に繋がると思わねーか?」


な……!?

私は明らかに悪い顔をしてほくそ笑んでいるエレナを見上げて、目線で反意を訴える。

そんな私の意思とは裏腹に、辺りの女子生徒たちは次第に顔を見合わせて、

「それも……そうかも?」
「確かに、エレナの言ってること、一理あるよね……」

あろうことか、エレナの思惑にまんまと乗せられ始めている始末である。


「「「異議ありませーーん!」」」


その後、呆気なく彼女の策略に堕ちた様子のクラスメイトたちは、今度は口を揃えてその決定を支持し、しまいには女子全員で応援の拍手まで送り始める事態となった。

そもそも私も白亜くんも、一応言うと黒芭くんも、誰もまだ承諾はしてないんだけどなー……。


それを目線でもう一度エレナに伝えてみるが、わざとなのかたまたまなのか、どこまでも涼しい顔で微笑んでいる彼女にはもはや打つ手無しのようだ。


「他の委員会は別に誰でもいいからクジで決めまーす!あ、でも学級委員はそうだなー、ん-、颯介でいっか」

「なんでやねん!!!!」

「「「異議なーーし」」」


ここ一番の“なんでやねん”を聞き出したエレナは、颯介くんの存在自体をスルーして勝手に話を続けていく。

結局颯介くんもやむなくエレナの決定に従う他なくなり、思ったよりもずっと早く、委員会の役員決めは終結したのだった。


「は……?俺が、イベント実行委員……?」


その日の放課後を迎え、私と白亜くんは揃って、冷ややかに怨恨を募らせる彼の席の前に立ち、理不尽にもその怒りの矛先を向けられていた。


「わ、私たちは悪くないよ。指名された側であって、指名したのは……学級委員だし」

「学級委員……。おい颯介、俺を嵌めたのはテメーかよ」

「いやいやいやいや!俺ちゃうて!何なら俺も被害者や!悪いのは全部エレナやねん!」


この後、別の教室で実施される委員会別の定例会議に出席するため、私たちは開始時刻までの間、しばらく教室で待機していた。

エレナがお手洗いで離席している今、ようやく目を覚まして即刻家に帰ろうとしていた黒芭くんを、私と白亜くんが引き留めて今に至る。


「アイツ……。マジでろくなことしねー」

「そればかりは同意だねー。僕、結構放課後も忙しいんだけどなー」

「つか、俺今日店長にヘルプ入るよう頼まれてんだけど」


白亜くんのそれに今日の都合を思い出したらしい黒芭くんが、余計にしかめっ面を深くしてため息を吐く。

最近知ったのだが、黒芭くんは黒芭くんで、聖さんの知り合いの方が経営するカフェで時々厨房のアルバイトをしているらしい。

だからこの間の動物病院の診療費も、さらっと払うことができたみたい。


「それ言うたら俺も部活遅刻やし!俺エースやで!エースの遅刻なんて恰好つかへんやん!ほんま勘弁してほしいわー」


そう言ってちょっと大げさにリアクションする颯介くんの声が聞こえたのか、

「ははーん?颯介はそんなにこのアタシと委員会の仕事するのが嫌っつーわけ?」

教室に戻ってきたエレナは、ずかずかと颯介くんの目の前まで押し寄り、そのまま超至近距離まで顔を近づけて彼の視線を強取する。


「……!?な、何やねん!」

「中等部の頃、アタシに言ったよな?アタシがいつか何かに困った時がきたら、絶対俺が助けるってさ?」

「……!い、いつの話やねん!もう忘れたわそんなもん!てか、近いねん!!」


……おやおや??


エレナの綺麗な横顔が颯介くんの間近に迫り、彼は一瞬にして顔を赤らめる。

ついには耳まで火照りが移ると、エレナから逃れるように身を引き、彼は即座に距離を取った。

その光景を静かに眺める私と双子の視線に気付いた彼が、今の状況を誤魔化すように、


「え、エレナも来たことやし、ほな行こか!これで遅れたら洒落にならへんやろ!」


そう早口でまくし立てると、すぐさま背を向けてドアの方へと逃げるように歩いて行った。


二人の関係性がなんとなく垣間見えたところで、私は未だに恥ずかしそうな颯介くんに続いて教室を後にする。

途中の突き当たりで学級委員の二人と別れ、私と双子はイベント実行委員が集結する普通科3年A組の教室へ向かった。


他のクラスの役員たちが集まり始めている中、一番後ろの横3席が空いていたことを確認し、私と双子は黙って席に着く。

その間、黒芭くんはひたすらスマホでゲームか何かを操作していて、明らかに委員会へのやる気はゼロに等しかったけど、定例議会が始まる頃には、そんな余裕綽々な彼の様子が一変することになる。


「――全員静かに!注目!」


進行役の3年女子の先輩が全員に号令を放つと、手前のドアからゆっくりとした足取りで教室へ入ってきた3年男子の先輩に、皆の視線が釘付けになる。


「……な」

「……あはは、マジか」


その青年の登場に皆興味を惹かれていたけど、実際は、私の両隣に座る彼らが恐らく一番動揺していたと思う。

私が二人を交互に見返して状況を問うも、二人は驚嘆の声を上げたままこちらに見向きもせず視線を彼に投げて、今も尚ぎこちない表情を浮かべている。


「あっれー!?もしかして、そこに座ってるのって、白亜と黒芭!?マジマジ?お前ら委員会入ったの?何それウケるじゃーん!」

「ちょ、ちょっと(かい)先輩!」


その3年生のはつらつとした物言いに、進行役を務めていたクールな女子の先輩の張り詰めた表情が崩れる。

対して、突然名指しされた例の二人は、さっきまで強制的に引き寄せられていた視線をあからさまに彼から外して、なんとも言えない表情で無言を貫いていた。


「あ、仁礼(にれ)ちん、ごめんごめん。
皆、集まってくれてありがとー!俺、前期のイベント実行委員の会長やります、3年の桃園櫂(ももぞの かい)でーす!会長だけにカーイ!なんちゃって〜♪あ、でも3年と言ってもダブったから2回目の3年生でーす☆どうぞヨロシク~♪」


意気揚々とした軽い口ぶりでピースするその先輩に、女子の先輩――仁礼先輩は、予測した事態に陥ったのか、額に手を当てて苦々しく顔を歪めている。