「すみません!この子、道で怪我して倒れてたんです。助けてあげられませんか?」

「……! すぐに処置室へ運んで」

獣医の先生は、衰弱した子猫の具合を見るやすぐに診察の準備を進めてくれた。


しばらく待合室で待っていると、いつの間にか姿を消していた黒芭くんが院内にふらりと現れる。

どうやら、先ほど路上に一時的に停めていた自転車を取りに行っていたらしい。


「その制服、東蘭高校の学生さんだよね?」

「は、はい」


そのタイミングで近付いて来た受付スタッフの女性が私たちを一瞥して声をかけて来た。

待合室のソファから立ち上がって答えると、ガラス越しに獣医の先生の処置を受ける子猫の様子が窺えた。


「あの子、野良の猫ちゃんなのよね?周りに親猫や飼い主らしき人もいなかった?」

「はい、見ませんでした」

「そう……。状態は正直あまり良くはないみたい。どうにか先生が診てくれているけど……。それにね、ちゃんと治療しようにもお金がかかるのよ。動物病院はボランティアではないから、例え善意で助けてあげた猫ちゃんだとしても、それは連れてきた人に負担してもらうしかないの。その辺り、お家の人には話してる?」


心配そうな面持ちでそう話すスタッフの女性に「大丈夫です」お金ならあるという意味で頷き返す。

念のため、所持金を確認しようと財布を取り出すが、それは自分が思った以上に軽く心許なくて不安が走った。


そういえば、聖さんと凛々子さんに渡すためにほとんどのお金を別の封筒に入れたまま、部屋に置いてきてしまっていた。

そうなると、一度家に帰らなければ、今日の治療費すら儘ならない。


「大丈夫そう?」

「あ、えっと……」


何かを察したのか私を覗き込むように見るスタッフにどう答えるか考えあぐねていると、その思考を遮るように、隣の彼が口を開いた。


「大丈夫です。金なら俺が持ってます」

私が目を瞬かせて振り返っても、当の黒芭くんはそれを気に留める素振りもなく冷静に続ける。


「このまま治療をお願いしてもいいですか」

彼の落ち着いた物言いに、スタッフの方も一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに理解して何度か頷き、獣医の先生の元へ戻って行った。

再び二人きりとなった待合室で、私が彼に詰め寄るように視線を向けると、彼は無言のまま、処置室の子猫を無表情で見つめていた。