その日の夜。

結局あの後、キリの良いタイミングを見計らい、仁礼先輩と芦田さんに挨拶を済ませた私は、そそくさと家に帰ったわけだけど。


「なーちゃん、大丈夫?今日はあまり箸が進んでないようだけど」

「……っ」


夕食の席で顔を合わせた白亜は、怖いくらいにいつも通りの顔で私の隣に座っていた。

気まずさやら何やらからあまり食欲の湧かない私に、わかっているであろうに、あえて優しい笑顔で話しかける。


怖いよ、白亜。その笑顔が、私は怖い。

この間、深夜にチョコレートを食べさせられた時は、ほんの少しくらいは前より仲良くなれたのかな、なんて思っていたくらいだったのに。


虚しくなるくらいの、勘違いだった。そう思い知らされた。


「食わねーなら、もらうけど」

「……え?あっ!」


そこに、キッチンにお茶を取りに行っていた黒芭くんが現れ、凛々子さんお手製のエビフライをつまみ取ろうとする。

反射的に声を出したけど、それを呼び止めるような気力が湧かず、

「……うん、いいよ。黒芭くんにあげる」

私は自分でもわかるくらいに、力なく笑って頷いた。


「……。食い意地張ってないお前、なんかキモいな」

「は?キモいって、それはちょっと失礼じゃない?」

「嘘は言ってねーだろ。だよな、白亜」

「僕もたくさん食べる女の子は可愛いとは思うけど、物思いにふけったなーちゃんもいじらしくて可愛いと思うな」

「俺は可愛いとは言ってねーよ」


珍しく自分から白亜に話を振る黒芭くんを不審に思いつつも、それに答える白亜もまた、お手本みたいに綺麗な顔をして、私に笑い返す。


「まあ、なーちゃんだって悩みのひとつやふたつくらい、そりゃあるよね。年頃の女の子なんだからさ。食欲がないなら残りは明日の朝にでも食べて、早めに部屋で休んだら?」


傍目で見れば、調子の悪そうな私を気遣ってくれる純粋な優しさから出る言葉にしか見えないのに、昼間あんなことがあったからか、私はその笑顔を信用しきれずにいた。

白亜って本当に、作り笑いが上手なんだな。芸能界に片足突っ込んでるだけはある。


微笑む彼を見て何も言い返すことのできない私は、その見えない素顔に恐れをなす反面、頭の片隅ではどこか冷静にそんなことを思っていた。