「はーい、それじゃ今日も練習始めまーす」

コーラス部が練習を行っている第3音楽室の端っこで、邪魔にならないよう部活の見学をこっそり開始する。


「仁礼部長ー。例の生徒の勧誘どうなったんすかー?」

「あー、その件だけど、ダメだったよ。他の部にとられちゃったみたい」

「マジかーー!あんなに部長、ずっと狙ってたのに残念っすねー」

「まあこればっかりは本人の希望もあるからねえ……。と、はいはい私語はここまで。それじゃ、課題曲のパート練習始めるからパートごとにわかれてー」


仁礼先輩が部室に入るやいな、彼女は部活生のひとりと思われる男子生徒とそんな話を繰り広げてから、パート練習の指揮を執る。


勧誘していた生徒……?

最初に二人が交わしていた会話の内容が少し気になったけど、仁礼先輩がすぐに練習開始に舵を切ったから、話はそこで打ち切りとなった。


ものすごく歌が上手い生徒でも部に誘い込む予定だったのかな……?

今から2年生を新たに勧誘するってよりは、入学したての新入生を迎え入れる方が自然な話だし、相手は1年生の生徒だったのだろうか。

だけど他の部活にとられたとかって言ってたけど……。

ってまあ、相手が誰かもわからないのに気にしても仕方ないか。


私は先ほど仁礼先輩から紹介を受けた芦田さんのソロパート練習を見学するため、彼女の姿を目で探し発見する。

ピアノの横に立ち、耳に手を当てて自身の声質を確認しているようだった。


「それじゃ、この辺りから――」

そう言ってピアノの伴奏をする生徒が軽くソロパートの開始部分の演奏を行い合図する。

その生徒に目配せをし、芦田さんが流れ始めた伴奏に合わせて大きく息を吸った。


――。

心が弾むような、透明感のある澄んだ声をしていた。

ビー玉みたいに丸くて、シャボン玉みたいに軽やかなその美しい歌声が、空気の流れに沿うように室内を飛んでいく。


淀んでいたものが、滲んでいた何かが、すっと晴れ渡るような。

昼休みにアリーナで聴いた洸さんのものともまた全然違って、女性らしく伸びやかで可憐なその美声を、ずっと聴いていたいとすら思った。


さすがはエースのひとりとしてソロパートを任されるだけのことはある実力だ。

バンドの曲調がどうなるかもわからないし、それに合う声質なのかは正直わからないけど……

でもこれだけ確かな技術をもっている人なのだから、上手く馴染んでくれるかもしれない。


洸さんに定められたボーカリスト選出までの期限は5月のゴールデンウィーク明けまでの約半月ほど。

ゴールデンウィーク期間中に自分たちのライブが控えているという彼らも、その翌週のどこかでなら一度学校に顔を出せるという。

その時に私が選んだボーカリスト候補生に、クロクロメンバーや皆の前で歌唱を披露してもらい、彼らのお眼鏡に適えば、晴れて即席バンドのボーカルが誕生するという流れだ。


ひとまず第一候補として芦田さんに審査を受けてもらい、ダメだった時のことも一応考えて、他にもう2人くらいは歌に自信のある候補生を探しておきたい。

ただ、全員コーラス部というのも不公平な感じがするし、他の一般生徒からも適性のある人が見つかればいいんだけど……。


私はそんなことを考えながら、その日のコーラス部の練習を見学していた。