「え?文化祭で披露する即席バンドのメインボーカル候補?」


その日の放課後。

私は早速、櫂先輩の助言の通り、コーラス部の部室の前で後輩の生徒たちと話をしていた3年の仁礼先輩を訪ね、例の件について相談してみた。

部活が始まるまでまだ時間があるからと、快く話を聞いてくれた先輩には感謝しかない。


これを言い訳にして白亜や黒芭くんと帰るのを断ることもできたし……。

正直、今はなるべく二人と顔を合わせずに済むのならそうさせてもらいたい気持ちが強い。


「そうねぇ……。私が出れるならそれが一番早いけど、3年はメンバーから除外なんだもんねえ」

「そうなんです。3年生は受験生ですし、練習に時間を割いていると勉強の邪魔になるからって」

「まあ……私もバンドとかそういう俗物的なポピュラー音楽ってあまり馴染みがないし、正直頼まれても期待に応えられたか怪しいけど……」

「俗物的……」


高校生らしからぬ言い回しで表現する仁礼先輩に苦笑して返すと、彼女は慌てて首を振りながらそれを詫びる。


「ごめんなさい!悪く言ったつもりはなかったの!私これでも一応音楽一家で育った側の人間だから、どうしても音楽はクラシックとか、そういう硬い系統のものばかりになっちゃって……ああ、そういえば」


そこで何かを思い出したかのように言葉を切る仁礼先輩の目線が宙に浮く。


「……。うーん。でもさすがに難しいかな」

「仁礼先輩?どうかしました?」

「ううん、何でもないの。それで、バンドのボーカリスト候補だったよね。うちの部活の2年生に、すごく歌が上手で将来有望なエースが2人いるから……。彼女たちならJ-POPや邦ロックにも詳しかった気がするし、よかったら紹介するけど?」

「えっ本当ですか!?ぜひお願いします!」


先ほど一瞬仁礼先輩が言いかけた言葉の続きが気になるけれど、今はそれよりも候補探しだ。

私は食い気味に頷いて、「ちょっと待っていて」そう言って部室に入って行った仁礼先輩の帰りを待った。


そして数分後。


「こちら、コーラス部期待の2年生エース・芦田玲(あしだ れい)さん。軽く話は通しておいたけど、彼女としては、部活の活動に支障が出ない範囲でなら協力可能とのことだよ。
ちなみに悪いんだけど、もう1人の子は秋に予定されてる声楽コンサートの出演が控えてるから、今はそちらの練習に集中したいみたいなの」

「い、いえ!とんでもないです。ありがとうございます!」


私は仁礼先輩の紹介で現れた向かいの女子生徒――芦田さんに深く頭を下げてお辞儀した。


「い、いえ……!その、私なんかより全然、もう1人の子の方が上手なんですけど……!お役に立てるかわかりませんが、私なりに精一杯頑張ります」

「謙遜しなくていいよ。あなたも十分な技術を持ってるんだから。
あ、ねえ、咲田さん。もしよかったら少し彼女の実力を見て行かない?この後パート練習が始まるのだけど、彼女にも課題曲で任せているソロパートがあるから、部活の途中で歌声が聴けると思うから」


突然の申し出に、緊張した面持ちで答える芦田さんからは、失礼だけど、とても部のエースを担うような貫禄?のようなものは感じられない。

とはいえ、部長である仁礼先輩が一目置いているくらいなのだから、実力はきっと申し分ないのだと思うけど、それでも先にそれを自分の耳で体感しておくことは大切だ。

そういうわけで、私は仁礼先輩の提案を有難く受け入れ、そのままコーラス部の練習に少しだけお邪魔させてもらうことにした。