黙って首を傾げる私に琉唯くんが、やれやれと言わんばかりに小さくため息を漏らす。


「こんな話、他人のアンタにしたところで仕方ないけどさ。僕、見た目も女みたいな顔しててちょっとヒョロ……筋肉とかまだあんまないし!ナメられやすいっていうか。それでいて勉強だけはできるほうだったからなんか鼻につくみたいで」

「う、うん」


自分で“ヒョロい”と言い出しかけて、慌てて言葉を言い換える琉唯くんがちょっと可愛くて、あまり表に出さないように気を付けながら、私はわずかに口元を緩める。

それもつかの間、すぐにその話の意味を理解した私は、思わず声を一回り大きくして発作的に問い返した。


「それってつまり、この前琉唯くんに嫌がらせしてきた男の子たちみたいな生徒が普段から結構多いってこと!?」

「まあね。出る杭は打たれるっていうくらいだし、別にそれ自体は全然いいんだけど。僕があんな雑魚どもに劣ってるところなんて何ひとつないし」

「う、うーん」


その自信は素晴らしいし、実際にそうなんだろうけど、そうは言ってもその現場を実際に目の当たりにした私としては、やはり彼の今後の学校生活が心配になる。


「ただ。これを奪われるわけにはいかなかったから。僕の手元に残った唯一の――」

「……?琉唯くん?」


胸のポケットから再度取り出した生徒手帳を開いて、そこで言葉を止めた琉唯くんは、私の呼びかけを受けてまた小さく息を漏らす。


「とにかく。そういうわけで、これを拾ってくれたのがアンタだったのは不幸中の幸いだったってわけ。アンタのことは嫌いだけど、一応感謝はしているから、だからここも教えてあげた。それだけ」

「う、うん。ありがとう……?」

「は?ありがとうって、お礼を言われるのはアンタの方でしょ、何言ってんの?
ま、ここはそうそう人が寄り付かないし、僕もひとりになりたい時はよくここに来てる。あんまり頻繁にうろつかれるのは迷惑極まりないけど、僕がいない時くらいは好きにすれば?」


相変わらず言い方はキツくて素っ気ないけど、それでも彼の中ではこれが一応、私への感謝の印、ということなのだと思うと、そう簡単に無下にもできない。あと、単純にその気持ちが今の私には結構嬉しい。

それでもやっぱり素直じゃないなあ、なんて思いながらも、私はあえて言葉にはせずに、彼の厚意を黙って受け入れた。


「ありがとう、琉唯くん」

「はぁ……。だから、何でアンタが……」

「いいの。言いたくなっただけだから」


私が琉唯くんのその言葉を遮って答えると、彼は「……あっそ」と小さく呟いてから、不貞腐れたように私から目を逸らして立ち上がる。


「じゃ、僕いくから。昼休み後の清掃はサボれても、特待生の僕が入学早々授業をサボるわけにはいかないし」

「あ、う、うん!それじゃ、またね、琉唯くん!」

「……」


琉唯くんは私に何も返すことなくちらりとこちらを一瞥した後、そのまま背を向けて中庭からひとり去って行った。