「無理」
ただ一言、それだけを答えて、
「じゃ、俺行くから。もう話しかけてこないで。こういうのかなり迷惑だから」
その言い方があまりに素っ気なくて、女子生徒の反応を待つことすらせずに立ち去ろうとする黒芭くんの姿に、
「ちょっと待っ――」
思わず私が声を発しようと手を伸ばしかけた瞬間。
「――んぐっ!!!」
背後から誰かの腕が伸びてきて、私の口元が唐突に覆いつくされる。そのまま力ずくで後ろに引き込まれて、体勢を維持できずに誰かの胸に頭がぶつかった。
「ダメだよ、なーちゃん。他人の都合に首を突っ込みすぎるのは」
「……!?は、白亜……」
慌てて振り返った先には、いつもと少し違う雰囲気で、若干冷ややかに私を見下ろす白亜がいて。
なんだかその空気感がやけに冷たくて、ちょっと怖い。
「あんまり勝手なことしないでくれるかな。黒芭には黒芭なりに思うところがあってそういう行動をしてる」
「……え?」
「キミさ、お人好しなのは悪いことじゃないけど、距離感は弁えようか。僕たちは一つ屋根の下で一緒に暮らしている仲で、確かに家族みたいに過ごしているし、父さんや母さんだって家族同然に思っていいと言っていた。
でも、間違えないで。僕たち自身は別にそこまで親しい間柄でもないし、ましてや家族なんかじゃない」
――。
鋭く尖った冷たい氷の刃が、突然私の胸目掛けて突き刺さって来たような、そんな衝撃だった。
ああ、そっか。そうだよね。
だってまだ私たち、そんなに仲良くなったわけでもないし、そもそも一緒に行動することが多いのは、全て聖さんと凛々子さんの気遣いによるもので、彼らはあくまでそれに従っているだけ。
私と仲良くしたくて、仲良くしているわけじゃない。
最初からずっと、一定の距離を保って、ここまでだって彼らの中で明確な線引きをしているんだ。
「ごめ、ん……」
視界がぼやけ始めたのを見られないようにして、咄嗟に目線を下げる私に、彼はまた「ふっ」と表情をわずかに緩ませて答える。
「大丈夫。僕たち、きっと上手くやっていけるから。キミが履き違えることさえしなければ、これからもずっと上手くいく。だから、ちゃんと協力して、上手く、仲良くやろう?」
「……」
顔は上げられなかったけど、なんとなく伝わっていた。
きっと今、白亜はにっこりと、よく私や周りの生徒たちに見せていた粗のない嘘みたいな笑顔を浮かべて、目を合わせない私のことをじっと見ている。
「……ライブは間もなく幕引きみたいだよ。折角だし、エレナと続きを観てきたら?いなくなったって心配してたみたいだよ」
「あ、うん……。ありがと……」
どうにか精一杯平静を装ってそう答えると、「それじゃまた、後で」私の肩をトン、と軽く叩いた後、彼は誰もいない廊下を歩いて去って行った。