そうして1曲目を披露する彼らと場内の観客の鼓動が共鳴するような、不思議な一体感に身を委ねている時。
「クロのヤツ、ガキの頃からファンやってるバンドのライブだっつーのに、やけに落ち着いてやがるなー」
隣で一緒にライブを楽しんでいたエレナが、アリーナの壁にただ黙って背中を預け、ステージに目をやる彼――黒芭くんに気付きふと呟く。
「え?」
「菜礼しらねーの?クロは小学生の時からクロクロの――つかまあ正確にはベースの新堂悦のファンなんだぜ」
「え、そうなの!?でもその割には……」
「落ち着いてるよなー!アタシだったらそんなに長いことファンやってる推しっつーの?それが目の前に現れたら発狂しかねねーけど。ま、でもライブは個人的に何度も行ったことあるみてーだし、意外とそんなもんなのかねー」
そう話すエレナは、「よくわかんねーよな」なんて無遠慮に鼻で笑って、また一層の盛り上がりを見せる周りの空気に溶け込み戻って行く。
黒芭くんが、悦さんのファン……?
そうは言っても、今黒芭くんが彼に向けているあの目は――
……私の勝手な想像で言えば、どちらかと言えば“ファン”っていうより、なんだかもっと違うタイプのものに感じるんだけどな。
「……あ」
激しいパフォーマンスの大音にかき消された私のその声が指す場所――黒芭くんがふいに壁から腰を離し、そのまま2曲目の開始を待たずして場内を後にする。
なんとなくその後ろ姿が気になった私は、全力でライブを楽しんでいるエレナからそっと離れて、人波をかき分けながら彼が去って行った出入口を目指して走った。
重厚なドアを力いっぱい押し出して外へ出る。
視界の先に、ポケットに手を突っ込んだまま気だるげに歩く黒芭くんの背中を捉えた。
「く――」
ろばくん、その名を呼び掛けた、その時。
「アンタってほんっと、ストーカーだね。鬱陶しい。信じらんない。はた迷惑」
私の声にあえて重なるようにして吐き出された悪意にまみれたその一声。
その露骨な棘のある物言いに当たりをつけながら振り返ると、そこには予想した通りの人物がこれでもかと全面的に不機嫌をアピールした目をしてこちらを睨んで立っている。
その甘く愛らしいルックスに似つかわしくない怪訝な表情を浮かべて、琉唯くんが私の顔を射るようにして鋭い視線を向けていた。