「んで……そのクロクロなんだけどさ」

未だに私のくすぐり攻撃を警戒しているのか、若干及び腰になりながらも、彼女は今調べてくれたらしい自分のスマホ画面を私に差し出して見せる。


「これがクロクロ。正式名称は、cropped clock'sって言って、今世間で注目を集めてる3人組ロックバンドで――」

「あーーーー!!!!」


エレナのスマホに視線を落とした私は、あまりの出来事に思わず彼女の解説を遮って、スマホを握るエレナの手ごと超至近距離にそれを持って行き叫んでしまった。

直後、不愉快そうに眉をひそめた周りの生徒があからさまに刺々しい視線を向けてきて、慌てて声を抑えた私は誤魔化すようにエレナに向き直る。


「な、なんだよ?大きい声出して」

「私、この人知ってる……!」


公式サイトのメンバー紹介ページに映る、見覚えのある顔つき。

というか、ついさっき間近で見たばかりの顔だ。


「はぁ?なんだよやっぱ知ってたんじゃん。そりゃーあんだけ売れてればクロクロを知らないなんてヤツはそうそう――」

「違う!さっき会って話したの!保健室で!怪我の手当してくれたの、この人なの!!」


周りの喧騒に紛れるくらいの声量に配慮しつつ、興奮冷めやらぬ様子で私は彼女に説明した。


「……マジ?」

「マジ!大マジ!あ、あとこの人も後から来た!この人が貴賓室で待ってるから来るように言って連れてった。そうそう!名前も、悦さんと遼太郎って呼び合ってた!」


画面に記載されたアルファベット表記のその名前にも着目し、間違いないと確信して言い切る。

メンバープロフィールの二人目の欄にあるETSU SHINDOさんと、三人目の欄にあるRYOTARO TSUJIさんの2人の宣材写真を指差し、私は何度も深く頷いた。


「そういえば、確かにベースの新堂悦ってヤツは大学時代元医学部で、2年の後半で中退したとかなんとか噂で聞いたことあったかも」

「確かに元医学生とは言ってたけど、医学部卒とは言ってなかった」

「ボーカルの雨宮洸に無理やり音楽の道に引きずり込まれたらしいぜ。で、当時まだ高校生だった後輩の辻遼太郎も引き入れる形でバンドを組んで、しばらくは路上ライブで毎日パフォーマンスしてたとか何かの雑誌のインタビューで見た気がする」


へ~。

存在すらも知り得なかった彼らのデビュー秘話に、思わず感嘆の声を上げて相槌を打つ。

彼らのファンでもないエレナがここまで情報を持っているのだから、それ相応に影響力のある人たちなんだとわかる。


私、さっきまでそんなすごいバンドメンバー2人と向かい合って話してたの……?

しかも内1人には手ずから怪我の手当までさせてしまうし……。


今になってその事実の重大さを知り冷や汗が出る。