いじわる双子のお気に入り~ドタバタ☆甘キュンDAYS~



それは春の兆しを感じ始めた3月のことだった。


「――お祖母ちゃん!!!」


担任を通じて連絡を受けた私は、一目散に学校の教室を飛び出し、その病室へと駆け込んだ。


「あらあら、来てくれたのね、菜礼(なあや)


唯一の親類である祖母が、包帯でぐるぐる巻きにされた痛々しい腕を抱えたまま、私に向けていつも通りの笑顔を浮かべていた。


「お祖母ちゃん、階段から落ちたって聞いて……」

「心配かけて悪かったねえ。でも大丈夫よ、大したことはないのよ」

「だけど……」


そう言って私を安心させるように彼女は笑うけれど、視界に映るその姿は決して“大したことない”程度の状態じゃなくて。


「お祖母ちゃんね、しばらくは入院になりそうなの。だから当面は家に帰れないのだけど……」

「あ、当たり前だよ!何か必要なものとかある?家から持ってくるよ」

「大丈夫よ。それよりも……」


祖母はそこまで言いかけると、何かを言いよどむような顔をして目を伏せる。

そうして意を決したように言葉を続けた祖母の話は、私の日常を一転させる、ひとつの大きなきっかけとなった。






ピーンポーン


都内でも一等地と呼ばれるエリアの住宅街の中心に、場違いとしか思えない16歳の私、咲田菜礼(さくた なあや)は立っていた。

並び立つ家々はどれも立派な造りをしていたけれど、今私の目の前に(そび)える白き外壁の豪邸はさらに群を抜いて大きく、強烈な存在感を放っていた。


一体、なんっつー家だ……。


本当にここで間違いないのか、不安になってはメモの住所とスマホのマップを見比べる。

とは言え、もうチャイムは鳴らしちゃったわけだし、遅いのだけど。

うん……。間違いない、ハズ。
示された住所はこの家を指しているもの。


しばらく経つと、頭上あたりからウィーン、という機械的な作動音が聞こえた。

顔を上げた先には、これまた立派な監視カメラが隠す気など微塵もない様子で私をしっかりと捉えてこちらの様子を窺っている。


『――誰?』

そうしてカメラに気を取られている間に突如スピーカーから流れ出た、愛想の感じられないその声に、私は視線と意識を移す。


「あ、えと……今日からお世話になることになりました、咲田菜礼です」

『……』


え、無視ですか……?

無配慮ともとれるその反応に、やはり家を間違ったのではないかと不安を募らせかけたその時。

――ガチャン、

門扉のロックが外れる音が響き、目の前の豪邸を仰々しく守っていた全自動式のそれが、音を立てながらゆっくりと開いて行く。


『どうぞ』

さらにそれだけ一言、淡白な声が聞こえると、こちらの応答を待たずしてぶつりと音声が切られる音がした。


な、なんだか感じ悪くない……?


敷地内に入り少し歩くと、さながら海外の教会を模したような、エレガントで美しいデザインをした玄関のドアが視界に映る。


ひえぇ……。
さっきから一体なんだというんだ。

今まで私がお祖母ちゃんと住んでいた築うん十年の年季の入りまくった平屋とは打って変わり、ここは漂う空気すら別世界のそれと思わずにはいられないほどに洗練していて澄んだ感じがする。

こんな異次元の暮らしを当たり前に経験している人たちと、果たして上手くやっていけるのか。既に不安でしかない。


ウィーン――

なんてネガティブ全開でやって来た私の視界で、向かいのそのドアが開く。


中から現れたのは、私と同じくらいの年頃の青年だった。

ミルクティーベージュのさらりとしたマッシュヘアに、淡い色素の瞳。色白できめ細やかな素肌。形の良い通った鼻筋とバランス良く添えられた唇。無駄のないフェイスライン。

見目麗しいとはまさにこのことである。


この人、さっきのちょっと感じ悪い人……?


端正なその見た目に反して、そんな失礼な予感を半信半疑に抱いた私に対峙し、

――にっこり。

彼は、絵に描いたような美しい微笑をたずさえて、私を出迎えるようにそっと手を差し出した。

突然の振る舞いに戸惑う私を余所に、その傍らに置かれたキャリーケースをさりげなく自らの手で引き寄せると、彼はもう一度私へと向き直ってこちらを見据え、半身を翻す。


「……あ、す、すみません。えっと」

「ようこそ神代家へ。待っていたよ。菜礼さん」


そうしてスマートにもう片方の手を開いたドアの先に広がるエントランスへ向けると、歓迎の笑みを添えたまま、私を中へと促してくれた。



ゆっくりと一歩、足を踏み入れたその先には、吹き抜けのエントランス、奥にはガラスで出来た透明の緩やかな螺旋階段と、広々としたスペースが広がっている。

3階、もしくは4階くらいはあるのだろうか。

随分と天井が高く、(まばゆ)いばかりの日の光が屋内を照らし、この澄んだ空気に相まってとても清潔感がある。まるで海外セレブのリッチなお屋敷でも訪れたような気分だ。(訪れたことはないけれど)


「きゃーーーー!!!」

「!?!?」


高級感あふれるラグジュアリーな空間に息をのんでいると、勢いよく私の元へ駆け寄ってきたその人影に突然自由を奪われた。無遠慮なまでに力いっぱい私の体を包み込んでは、苦しくなるくらいにぎゅうぎゅうに私を抱きしめている。


「ぶっ!!!」

豊満すぎるバストになす術なく視界と呼吸を持っていかれる。一体何が起こったのか到底理解もできないまま混乱した私の頭上に、また別の声が降って来た。


「コラコラ、凛々子(りりこ)。びっくりさせてしまうだろう?」

「だってだって、こんなに可愛らしい女の子だったものだから……。大丈夫だったかしら?ごめんなさいね、私ってばつい」


ようやく解放された私の目の前には、目鼻立ちのくっきりとした艶肌の美女が心配そうな面持ちでこちらを覗き見ながら立っている。


「あ、あの……」

「妻の暴走に巻き込んでしまってすまなかったね。僕は、家主の神代聖(かみしろ ひじり)だ。そして妻の凛々子(りりこ)。こちらが息子の白亜(はくあ)だよ。君が、なつ()さんのお孫さんの、菜礼ちゃんだね?」


お茶目な奥様の行動を詫びるように眉を下げてやって来た傍らの紳士は、そう端的に自己紹介して、流れるような仕草で手を差し出してきた。


祖母であるなつ恵お祖母ちゃんに聞いていた通りの名前を耳にし、ここに来てようやくほっと胸を撫で下ろす。

私は、朗らかとした優し気な印象のその男性の手を、緊張気味にゆっくりと握り返した。


「は、初めまして。咲田菜礼です……」

「うん、よろしくね。移動で疲れただろう。まずはお茶でも用意するから椅子に掛けるといいよ」

「ありがとうございます」


その流れで、先ほど出迎えてくれた息子さん――白亜くんが、私のキャリーケースを再度手に取って言った。


「菜礼さん、荷物はこれだけで大丈夫?部屋に運んでおくね」

「あ、はい!ありがとうございます」

「僕たち、同い年だよ。4月で高2。敬語じゃなくていいよ」


白亜くんはくすりと爽やかな笑みをこぼし、私のキャリケースを抱えて螺旋階段を上がって行く。

近しい年頃には見えたものの、同い年だったとは。同級生にしては、その言動は私よりもずっと穏やかで落ち着いて見える。


「そういえば、クロはまだ帰ってないのかな」

「あの子のことだから、部屋でゲームでもしてるんじゃない?」

黒芭(くろば)は部屋にいるよ、父さん。菜礼さんの押したチャイムに応答したの黒芭だし」


私にアイスティーとお茶菓子を用意してくれた奥様――凛々子さんと、2階に上がっていった白亜くんが聖さんの問いかけに答える。


どうやら、最初に私が下向きな印象を受けてしまったチャイム越しの声は、白亜くんのものではなかったらしい。

ああ、どうりで……。なんて、またしても失礼なことを考えてしまう。


白亜くんの姿が螺旋階段から見えなくなると、私の向かいの席に腰を下ろした聖さんが口を開く。


「すまなかったね。私にはもう1人息子がいるんだが。なにぶん、愛想のない子で」

「い、いえ。大丈夫です」

「白亜が連れて降りてくるだろうから後ほど紹介しよう。ところで、なつ恵さんの具合はどうかな?」


聖さんは心配そうな表情で祖母の名前を口にする。

お祖母ちゃんが言うには、二人は古くからの知り合いみたいだけど、どういう関係性なのだろうか。


「右腕と左足と……あと色々体の一部を骨折していてまだ歩行とかはちょっと。でも体調は問題ないみたいです」

「そうか。いつも元気そうにしていたからね、今回の件は本当に肝が冷えたよ」


私の視線が気になったのか、聖さんは「ああ」と何かを察したように声を上げる。


「なつ恵さんから深くは聞いてないかな。なつ恵さんは、僕の大学時代……それと、今の会社を起す時にもお世話になった恩師でね。もう20年以上の付き合いなんだ。ちなみに、君のご両親はその大学の頃の同級生で、僕も妻も、当時からすごく仲良くしてもらっていたんだよ」


ここで初めて彼の口から発せられた“両親”という言葉に、私の心臓が予想外にどきりと跳ねる。

私はまだ記憶のあやふやな3歳の頃に、事故で両親を亡くした。

以降は、母方の祖父母が両親に代わり、愛情いっぱいに育ててくれたのだが、その数年後祖父が病死し、以降はなつ恵お祖母ちゃんと私の2人暮らしを続けていた。


そして先日、3月のある日。
買い物に出ていた祖母は、出先の階段から足を踏み外し転落して全治数か月の大怪我を負ったのだ。

すぐさま病院に運ばれ当面は入院となり、私は祖母のいない我が家で退院までの間、一人きりでの生活を送るものだと思っていた。


――が。


「これは菜礼ちゃんには謝らなければならないかもしれないのだけど、なつ恵さんに退院後も施設に入るよう勧めたのは他でもない僕なんだ。もう、なつ恵さんも御年70歳。いつ何かしらの病を患ってもおかしくはない」


まだ成人前の孫の生活の面倒を見ながら自分の生活も送らなければならないとなると、70歳の祖母には負担が大きい。

それに私自身は学校やアルバイトで日中は家を空けていることも多いし、出来る限りで支えてきたつもりではあるけれど、それも限界があった。


だからこそ、お互いのためにも祖母を施設に入れ、孫の私の面倒は、祖母に恩義もあり両親の親友でもあった自分たち夫婦が見ると、聖さんはそう進言してくれたらしい。