エリスがそんなことを考えていると、マリアンヌは微笑ましげに目を細める。

「エリス様、わたくしは借りた本を返して参りますわね。恋愛小説は二階のF607の列にありますから、お先に行って見てくださって構いませんわ」

 そう言って、侍女を伴い返却窓口へと歩いていく。

 エリスはそんなマリアンヌの背中を見送って再び館内をぐるりと見渡し、胸をときめかせた。


 エリスは読書が好きだった。
 というより、正しくは『読書しかなかった』と言うべきかもしれないが。

 祖国で家族から虐げられていた彼女が、刺繍やピアノといった淑女教育以外で触れることができたのは、唯一本だけだったからだ。


(今思えば、ユリウス殿下に恋をしたのは、物語の影響もあったのかもしれないわ)

 侍女を連れ立って階段を上りながら、エリスはそんなことを考える。


 幼かった自分はユリウスのことを、ヒロインを悲劇的な運命から救い出す、物語の中の聡明で勇敢な王子たちに重ねて見ていたのかもしれない。
 火傷のことを庇ってもらったことで、この人だけが自分を救ってくれるのだと、過剰に依存し、期待してしまったのかもしれない、と。