その男性名を見た瞬間、セドリックの脳裏に過ったのは一人の少女だった。

 その少女とは、オリビア・ルクレール、(よわい)十七歳。ルクレール侯爵家の長女で、中等部のころから付き合いのある、長男リアムの妹だ。

 アレクシスは昔から彼女に慕われているのだが、オリビアはとても押しが強く、けれど身体が弱いためにどうも強く出られない――言うなれば、アレクシスの天敵である。

 確か彼女はリアムに付き添われ、療養のためにここ二年ほど領地に引き籠っていたはずだが、リアムが軍に復帰したということはオリビアも帝都にいるのだろう。
 

「殿下……あの……」

「……戻っていたのか、オリビア」
「――っ」

 ボソッと呟かれた声の低さに、セドリックはハッと息を呑む。
 恐る恐る顔を覗き込むと、アレクシスの顔色は病的に蒼い。

(ああ、やはり殿下の女性嫌いは健在か。エリス様が平気なら、あるいは、と思ったが……)

 セドリックは、主人の放つどんよりとしたオーラに、やれやれと肩をすぼめながら、窓の向こうの遠い空を見上げるのだった。