エリスは必死に誤魔化そうとする。
 けれど、シオンにそんな嘘は通じない。

「やめてよ姉さん。僕はもう子供じゃないんだ。そんな言葉に騙されたりしない」
「――っ」
「何もないなら、どうして嫁ぎ先が帝国の第三皇子なんだ? 僕だってアレクシス殿下の噂くらい知ってるよ。事実かどうかは別として、どれもゾッとするような内容だ」
「――! そんな……、殿下はそんな方じゃ……!」
「本当に? 確かに僕は殿下のことを何も知らないけど、火のないところに煙は立たないって昔から言うだろう? 姉さんは僕を心配させまいとしてそんなことを言うのかもしれないけど、そういう態度を取られると、逆に疑いたくなるんだよ」
「……シオン」

 エリスを見つめるシオンの顔が、泣き出しそうに歪む。

「僕は姉さんが大切なんだ。僕の家族は姉さんだけなんだ。姉さんをこんな場所に送り込んだ祖国のことなんてどうだっていい。公爵位にだって興味はない。そもそも、僕が今までランデル王国で大人しくしていたのはどうしてだと思う? それが姉さんの為になると思ったからだ。卒業したらすぐに爵位を継げるように――それまではあの愚かな父親を油断させておく必要があったから。……なのに」

 シオンの両腕が、再びエリスを抱きしめる。
 強く、強く――その腕の力に、エリスは息をするのも忘れてしまいそうになった。

「ユリウス殿下を信じた僕が馬鹿だった。こんなことになるのなら、もっと早く(さら)っておくべきだったんだ」
「……え?」

(攫う……って、どういう意味?)

 シオンの言葉の意味がわからず、エリスは困惑する。

 そんなエリスの耳元で、シオンはそっと囁いた。

「ごめんね、姉さん。少しだけ眠っていてくれる?」
「――っ」

 その声と同時に、鼻と口を湿った布で塞がれる。
 そしてエリスは、あっという間に意識を失ったのだった。