エリスは、いつの間にか自分の頬を撫でていたシオンの手に、己の手のひらをそっと重ねる。
「本当にごめんなさい。わたし、シオンの気持ちを少しも考えてあげられていなかった」
「……っ」
――月明りだけが二人を照らす暗い庭園で、エリスはシオンを見つめ返す。
いつの間にか、ジークフリートの姿はなくなっていた。
「姉さん、僕にちゃんと説明してくれる? どうして姉さんが帝国に嫁ぐことになったのか。ユリウス殿下との婚約はどうしたの?」
「……それは」
「まさか……捨てられたの?」
「――っ」
あまりにもあっさりと言い当てられ、エリスはびくりと肩を震わせる。
するとシオンは図星だと悟ったのだろう。
目じりをギッと釣り上げ、唸るように声を上げた。
「あの男……殺してやる」
「――!」
殺意に満ちた弟の表情に、エリスは顔を青ざめる。
「ち、違うの……! 違うのよ! ちょっと誤解があっただけ。ユリウス殿下は何も……何も、悪くないのよ」
本当は何もなかったなんて嘘だ。
ちょっと誤解があっただけ? ――そんなはずはない。
だが、エリスはシオンに、ユリウスに悪い感情を抱いてほしくないと思っていた。
シオンはウィンザー公爵家の正当な後継者だ。いつか必ず爵位を継ぎ、ユリウスの臣下として務めなければならない日が来る。
だから、濡れ衣で婚約破棄されたなどと、伝えるわけにはいかなかった。
「本当に何もないの。あなたは何も気にしなくていいのよ」