それなのにジークフリートは、今ここにシオンがいるという。
ランデル王国から馬車で十日もかかるこの地に、自分に会うために来ていると――そう言ったのだ。
驚きのあまり声を出せないでいるエリスに、ジークフリートはゆっくりと右手を差し出す。
「彼に会いませんか? 僕がお供しますよ」
「……っ」
「大丈夫。王宮の外には出ませんから」
「……でも」
「夫のことが、気になりますか?」
「――ッ」
ハッとするエリスに、ジークフリートはにこりと微笑む。
「ですが、殿下と共に会うのはおすすめしません。シオンは今とても気が立っていますから、殿下の顔を見ようものなら真っ先に殴り掛かかってしまうでしょう」
「殴りかかる? あの、優しいシオンが?」
「正直言うと、彼がどんな人間であるか僕は知らないのです。けれど僕の弟の言葉を借りるなら、『姉の結婚の記事を目にしたときからずっとイライラしている』と。それにここだけの話、彼は毎晩ベッドの中で泣いているんだそうですよ。そのせいで彼と同室の生徒がノイローゼになって困っていると、監督生の弟に相談されまして。おかげで僕が彼を連れて、こうして遠路はるばる足を運ぶことになったというわけです」
「……っ」
「だから僕の為にも、彼に会ってやっていただけませんか? エリス皇子妃殿下」
エリスを見つめる、ジークフリートの強い眼差し。
本当かどうか判断しようのない内容だが、無視するわけにはいかない。
エリスはひとり、心を決める。
彼女は小さく頷いて、ジークフリートの手を取ると会場を抜け出した。