(ランデル王国の王族が、わたしにいったい何の用かしら。年齢的には、一番上の王子よね)

 エリスは脳内で、事前に頭に叩き込んでおいた諸外国の要人リストをパラパラとめくり始める。
 そして該当人物の名前を探し当てると、にこりと微笑んだ。


「わたくしに何か御用でしょうか、ジークフリート(・・・・・・・)王太子殿下」


 ――ランデル王国が王太子、ジークフリート・フォン・ランデル。
 彼は王太子でありながら、殆ど表舞台に出てこない謎多き王子として有名だ。

(そんな王子が、どうしてわたしに話しかけてくるの?)

 エリスはただただ不思議に思う。
 自分とランデル王国の繋がりは、弟のシオンが留学していることくらいなのに、と。

 だがエリスがそう思ったのも束の間、ジークフリートが口にしたのは、まさかの弟の名前だった。


「シオンがあなたに会いに来ているんです。たった今、この会場の外に――」と。


「……え?」

 それはあまりに予想外の内容で、エリスは茫然としてしまった。

 この場で出るはずのない、シオンという名前に。
 たった一人の大切な弟の名が、ジークフリートの口から出たことに。

「どう、して……?」

 正直、わけがわからなかった。
 そもそもエリスはシオンに対し、帝国に嫁いだことすら伝えていないのだ。

 ユリウスから婚約破棄された挙句、帝国に嫁ぐことになったなどと伝えたら、絶対に心配をかけてしまう。
 シオンには心配をかけたくない。たった一人祖国を離れ、苦労している弟をこれ以上苦しめたくない。

 そう考えたエリスは、シオンに何一つ伝えず帝国に輿入れした。

 そしてその後は、一度も手紙を出していない。
 出そうと思ったことはあるのだが、皇族宛の手紙には全て宮内府の検閲が入ると聞いて、やめてしまった。