(とにかく、無事に終わってよかったわ)
ダンスの前はあれだけ恐ろしかったこの舞踏会場も、今は少しも怖くない。
その理由はきっと、アレクシスが「踊れなくても問題ない」と本気で言ってくれたからだ。
呆れるでもなく、慰めるでもなく、ただ「問題ない」と――その一言に、エリスの心は救われた。
(でも、『俺を誰だと思ってる。帝国最強の男だぞ』って……あの台詞には本当に驚いたわ)
そのときのアレクシスを思い出すと、不覚にもときめいてしまう。
“帝国最強”だなんて言葉をあんなにサラッと口に出してしまえるアレクシスが、そのときのエリスにはたまらなく眩しく映ったのだ。
(殿下には、あとできちんとお礼を言わなくちゃ)
アレクシスはダンスが終わってすぐ、軍人と思われる誰かに声をかけられどこかへ行ってしまった。
その為エリスは、まだお礼を伝えられていないのだ。
感謝の言葉は、帰りの馬車の中で伝えよう――そう心に決めて、エリスはマリアンヌとのお喋りを再開する。
すると、そんなときだ。
マリアンヌが「お花を摘みにいってきますわね」と席を立ったそのすぐ後、エリスは一人の男から声をかけられた。
「失礼ですが、エリス皇子妃殿下でいらっしゃいますか?」
「……?」
聞き覚えのない声に顔を上げると、そこに立っていたのはやはり見知らぬ男だった。
ブルーグレーの瞳と、首の後ろで括られた銀色の長い髪。
歳はアレクシスと同じくらいだろうか――やや中性的な顔立ちの、柔らかな雰囲気を纏った男。
だが、エリスはすぐに相手の正体に気が付いた。
男の美しい装束の胸元の紋章は、ランデル王国の王家の印だ。つまり、この男は王族。