ともかく、エリスにとってこの一ヵ月は夢のような毎日だった。

 祖国で受けた仕打ちの傷はそう簡単に癒えはしないけれど、それでも、親切な使用人たちと心穏やかに過ごす日々は、彼女にとってかけがえのない日々だった。

 それが今、突如脅かされようとしている。
 エリスは今、それほど憂鬱な気分に陥っていた。


「エリス様、顔色が悪いようですが……少し横になられますか?」

 先ほどまで庭の手入れをしていたエリスの指先を、桶の水で丁寧に洗いながら、侍女の一人がエリスの顔を覗き込む。
 
 アレクシス来訪の報せを聞いたエリスの顔は青白く、周りの侍女たちを心配させた。

「……ありがとう。でも大丈夫よ」


 エリスは、アレクシスの来訪の目的は自分と伽をするためだと考えていた。
 初夜からちょうど一ヵ月。このタイミングで訪れるとしたら、それしかない、と。

(女性がお嫌いな殿下にも、後継者は必要だもの)


 ――本当はすごく怖い。

 初めての伽は、痛くて痛くて、声を上げないようにするのに必死だった。

 身体の奥を容赦なく突き上げられて、あまりの痛みに何度も意識が飛びかけた。
 嫌だ、やめて、触らないで――そう泣き叫びたくなる気持ちを必死に堪え、ただただ時間が過ぎ去るのを待ったのだ。

 あのときの様な思いをもう一度するのかと思うと――これから先、子供ができるまであの痛みに耐えなければならないと思うと、エリスは足が竦んで動けなくなりそうだった。

 けれど、それが皇子妃としての自分の役目。
 アレクシスが自分に唯一求めているものは、子供を産むことなのだろうから。