――あれは八歳の夏。
 シオンを留学先のランデル王国に送り届け、共に過ごした一週間のうちの、最後の日のこと。

「姉さまと離れたくない」と泣き出したシオンを連れて、エリスは滞在先の宿から抜け出した。
 きっと家出か何かのつもりだったのだろう。
 父親に対する反抗か、あるいは、シオンと二人だけで生きていこうと思ったのか。今ではもう忘れてしまったが――とにかく、その後迷子になったときの、酷く不安だった気持ちだけは覚えている。

 言葉も通じぬ異国の地で、右も左もわからなくなったあの絶望感。

 気付いたときには宿に戻っていたが、二人一緒でも不安で不安で仕方なかったのだ。
 もしあのときシオンとはぐれていたら――そう考えるだけでゾッとする。


 そんな記憶と相まって、エリスはより一層、シーラを見つけてあげなければと意気込んだ。

 彼女は注意深く周囲の様子を観察しながら、アデルと共に本部へ向かう足を速める。


 そうして、南門が見えてきた――そのときだった。


「――っ!」

(あれって……!)

 エリスは、視界に映ったモノに目を見張った。
 そう。それはまさしく、桃色の風船だったのだから。

 広場の外――南門の向こう側、雑踏の中に浮遊する、一つの風船。
 目を凝らすと、その風船を持っているのは水色のドレスを着た少女であることがわかる。

(きっとシーラだわ……!)