通りに残ったのは私と男の子だけ。


 すご……。


 あんな怖そうな大人が逃げるなんて。

 たたずんでいた彼が、背筋をスッと伸ばして振り返った。


「もう大丈夫。ホントに、何もされなかったか?」

「はい……」


 その声も、私を見つめてくる瞳も、吸い込まれそうなほどに穏やかだった。

 さっきまで彼が出していた、ナイフのように鋭いオーラは消えている。

 あらためて顔を見ると、やはりモデルのようにカッコいい。


 うわぁ、顔面強すぎ、こんな人うち(学校)にいたっけ?


 ついつい彼の顔をまじまじと見ていると、向こうは不思議そうに首をかしげる。


「なに? 俺の顔になんかついてる?」


 私はわれに返って、思いっきり頭を下げた。


「いえ、なんでも! あの、助けてくれてありがとうございました!」

「お前さ、カワイイんだからこんなところ歩くなよな」


 へっ、カワイイ? 私が?


「今みたいに男に声かけられることよくあんじゃねーの?」

「えっ、いやいや。初めてで……」

「ホントか? とにかくもうこんな通りをウロウロすんな、心配するだろ」


 赤の他人だというのに、ひどく気をつかわせてしまったようで、申し訳ない気持ちになる。


「でも驚いたぜ。まさか学校以外で相川に会うなんてなあ」


 まただ。私の名前、どうして知ってるんだろう?


「あの、どうして名前を? どこかでお会いしましたっけ」

「え? どうしてって……もしかして俺のこと、わかってない?」

「はい?」


 言われてちゃんと顔を見る。

 初めて見るはずの彼の顔には、若干の不安と戸惑いの表情が浮かんでいる。


 こんなカッコいい男の子、会ったら絶対忘れないけどなあ。

 「えっとー?」と首をかしげる私と視線がぶつかると、彼は照れくさそうに目をそらした。


「あんま見んなよ。ハズいだろ」

「ごめんなさい。ホントに誰かわかんなくて」

「……あまつかだよ、隣の」

「えっ、あまつか?」

天使碧斗(あまつかあおと)。隣の席の」


 んー?


 とっさに記憶をたどり、隣の席の男の子を頭に思い浮かべる。


 あー、たしか、メガネで……地味で……陰キャ……って言ったら失礼だけど。


「えっと……あ、たしか、メガネの……」

「そうそう。メガネは今、外してるけどな」


 なんとなく浮かんだその姿は、野暮ったい重めの髪に眼鏡の、まさにホンモノの陰キャって感じの姿だ。

 今、目の前にいるクールでキレのあるイケメンとはキャラが違いすぎる。


「待って、えっ! ウソー!?」

「ウソじゃねえって……」


 言われてもピンとこない私を見る彼の目は、少し切なそうだった。


 それもそのはず。


 私が気づいてなかっただけで、天使碧斗(あまつかあおと)くんの会話は、これが初めてじゃなかったんだから。


 思えばこの日、私の(まと)に恋の矢が刺さったんだと思う。