「そういえば、俺の妹が弓道やってるって話したよな」

「うん」


 碧斗くんの口から唐突に妹さんの話が出た。


「去年の夏の大会、応援に行ったんだ」

「うん」


 去年だったら、私が中三の時だ。その大会には私も出場していたはずだ。


「それまで弓道なんて全然興味なかったんだけど、ちょうどチームを抜けてヒマしてた頃でさ。ただの気分転換のつもりだったんだけどな」


 碧斗くんは、天井の隅を見上げながら言葉をつむいだ。


「妹はなかなかうまくってさ、弓をかまえるフォームとかすげーキレイだった。だけど、もっとキレイな女がいた。その女が的を正確に射貫く姿は、見てて清々しかった」


 一瞬、なんの話? って思った。

 妹さんの弓道を応援してたら、他の女の人に目がいったってことだよね。


「凛としたって表現が正しいのかな。まぶしかったよ。俺の生きてきた世界と違う場所にいる気がして、とにかく惹きつけられた」

「うん」


 なんて返事をしたらいいんだろう。私でも妹さんでもない。碧斗くんが別の女の子の話をしている姿に、私は困惑した。


「あの場ですぐに声をかけたいくらい、衝撃的な出会いだった。それほどまでにその女は俺の心を動かしたんだ」


 誰かもわからないその女の子に、私は嫉妬した。

 こんなにまで、碧斗くんの心を射止めれるなんてとってもかわいくて素敵な女の子なんだろうな。


「その女は、その大会で結果を残したから、学校も名前も知ることができた。でもそれ以上は踏み込まなかった。だってそうだろ。いきなり会いに行くなんてストーカーみたいだし、そんな不自然な出会い方は向こうだって願ってないはずだ」


 どうかな、相手が碧斗くんだったら、いきなり訪ねてこられても大歓迎かもしれない。なんてね。


「でも知るだけ知っときたくって、連れのツテをたどってその女の進学する高校名を聞いた」


 そこで碧斗くんは自嘲気味に笑った。


「──絶望したよ。中学でまったく勉強してなかった俺の成績じゃ逆立ちしてもムリな偏差値だった。でもあきらめたくなくて、残りの半年間で猛勉強した。京介にも家庭教師してもらってスパルタでさ」


 そこまでいっきに喋り、満足げな笑みを浮かべる。


「そしたらなんとか滑り込んだんだ。この高校に」

「すごい……」


 私は思わずホッとした。

 よかったね。碧斗くんが一目惚れした女の子もこの学校なんだ。

 「さらに」と碧斗くんは続ける。


「その女と同じクラスになることができた。もうこれは運命だって思ったよ。最初は緊張して、授業に集中できなかったりしてさ」


 え、同じクラス?


 ダメだ。


 私はこの場を離れたいくらいにもどかしくなっていた。

 どうして、誰かもわからないその子との恋バナを聞かされないといけないんだろう。


「初めてしゃべった時のことなんて、思い出すと今でも手が震える。緊張してプリントバラまいちゃうし」


 プリント、そういえば前後で席が隣だった時、私が渡したプリントを碧斗くんが落とした時があったような……。


「その子は普通の子だから、俺も髪型とか見た目を普通にしてさ、怖がらせないように意識してた。でもどうしてか喋れなくてね。どうでもいい男相手だったらいくらでもいけんだけどさ」


 そこで、碧斗くんの瞳がジッと私を見据えた。

 そらせない。どうしてかそらすことができない。