放課後。
元カレの伊藤くんに呼び出された私は、屋上へ来ていた。
「話って何?」
私の問いかけに、声を荒げる伊藤くん。
「昨日のあいつ、なんだよ。新しい彼氏か?」
「なに? いきなり」
話はやっぱり昨日のことだ。
「あんなうるさいバイク乗りやがって、見たことある顔じゃねえから先輩だろ? 橙子、お前遊ばれてるだけだぞ」
なにそれ、そんなこと言うためにわざわざ呼び出したの?
まさかこんな話をされるなんて。何様なんだろう。
「ホント、人の気持ちがわからないよね」
気づいたら口に出していた。
「はっ? な、な、なんて?」
「なんでもない、話ってそれだけ? もう行くね」
「待てよ。橙子のために言ってんだよ。あいつ何年? なんて名前だよ?」
「それ、聞いてどうするの」
「どうもしねーけど、どこのクラスなんだよ」
先輩でもないし、私のクラスの隣の席だけど? って言ってやりたかったけど、これ以上伊藤くんと関わるのも面倒になったので立ち去ることにした。
「部活あるから行くね。もう呼び出したりしないで」
私がそう言って振り返ろうとした時、伊藤くんが慌ててぎゅっと腕をつかんできた
「待てって、まだ話は終わってねえ」
「いたっ! 離して!」
「あんなヤンキーとなんか釣り合ってねーって。どうせ遊ばれて泣くのがオチだっ──」
「誰がヤンキーだってー?」
屋上に、低く冷たい声がひびく。
「探したぞ。橙子」
「碧斗くん!」
振り返った先には”総長”がいた。
髪をかきあげ、眼鏡は外している。
屋上の入り口で気だるげにただずむ碧斗くんの顔には、珍しく怒りの色が含まれている。
「お、おい。こいつ、だ、誰なんだよ。橙子」
「おい、小僧! 人の女の名前、気安く呼んでんじゃねえ」
「は? なっ……」
碧斗くんのすごみのある言葉に、明らかに動揺する伊藤くん。
てか、碧斗くん? 女って? 私のこと?
それにいつのまにか下の名前で呼んでるし……。
これまでの碧斗くんとは全く違う剣幕に、私の頭も理解が追いつかない。
碧斗くんはゆるやかに歩いてくる。
彼が近づいてくるにつれ、空気が冷え込んでいくのがわかった。
伊藤くんの顔がみるみるうちに青ざめる。彼は私の腕をつかんでいた手をサッとひっこめた。
そして、碧斗くんは伊藤くんをキッとにらみつける。
「橙子の顔を見ればお前がどんなにひどいことを言ったのかわかる。けど、今はお前に使う時間が惜しい。勘弁してやるからもう俺たちに近づくなよ」
そして、碧斗くんは私の方を振り返る。私の方を向いた時、少しだけ目がなごんだ気がした。
私の手を自然と握ってくる碧斗くん。初めて手をつなぐのに、なぜかしっくりくる感触。
「橙子、行くぞ」
碧斗くんに手を引かれた私は、彼の言われるがままに歩き出す。
言葉遣いはとても強引なようでいて、碧斗くんの所作はとても思いやりにあふれていた。