蒼生くんに許嫁がいると判明し、失恋したも同然の私は、しばらく経っても涙が止まらないため、ひとりバルコニーへとやって来た。
時折ふわりと頬をかすめる、初夏の爽やか風が心地いい。
こんなにも良いお天気だと、ふと思い出してしまう。
ゴールデンウィークのあの日。蒼生くんの家の広いお庭で、彼のお母さん手作りのアップルパイを頂いたときのことを。
『絃葉ちゃん、あーん』
あのとき、私にアップルパイを食べさせてくれた蒼生くんの笑顔が頭に浮かび、喉元が締めつけられたように苦しくなった。
「……っう」
言葉にならない気持ちがせり上がり、風に当たって少し気分が落ち着いていたはずの私は、再び涙が溢れ出す。
「……絃葉?」
私がしばらくバルコニーで声を押し殺して泣いていると、突然誰かに名前を呼ばれた。