​手術は受けない、と。数年前私は自分でそう決断した。

死ぬのが怖い。

それは幼少期から常に感じてきた不安。

そんな不安の元凶であるこの心臓が時に嫌になったりもした。でも…、それ以上に私にとってこの心臓は…、もっと別の。特別なものでもあった。

「形見、とか……そういうのないんです」

私を産むとの引き換えにこの世を去ってしまった母。

顔だけは森山家の仏壇に飾ってある遺影で知っているけれど、あとは何も知らない。どんな人かも、どんな声なのかも。全く知らない。

でもきっと優しい人だった。

そう思うのは…

小桃、という名前を付けてくれたのは…、母だから。

父は教えてくれなかったけど、ある時。小学校で出された宿題で名前の由来を調べてくる、っていうのがあって。その時に昔から森山家で仕えている使用人さんが教えてくれた。

ーー『こもも』って響きが、人を幸せにしてくれる気がしたの。小さい子ってほら。自分のこと名前で呼ぶでしょう? 小桃も幸せになれるし。小桃の周りの人も幸せになれる。いつか小桃に大切な人が出来た時。その人も小桃の名前を呼ぶ度にきっと幸せになれる。

私を身ごもっている時。母はそう言っていたらしい。

ーーだから生まれてくるこの子の名前は『小桃』にしようと思ってるの。

私は、母がどんな人か知らないけどその言葉だけで。きっととっても温かい人なんだ、と感じた。この名前がいつだって私の心を満たしてくれた。

「でも…この心臓は、母の形見でもあるんです」

だから、時に嫌になったりもしたけど時にお守りのような存在でもあった。太陽みたいにポカポカして。母の温もりをいつだって感じてきた。

「私は最後まで、この心臓と一緒に生きていたいんです」

手術で死んでしまうリスクが高いのなら私は迷うことなくそう決断した。