「えっ……早月くんと同居?」
もうすぐ中学校に入学する頃。お父さんとお母さんからそう言われた。
早月くんは、お父さんのお兄さんの息子さん。つまりいとこ。
わたしとは同い年で、小さい頃は何度か会ったことがあるみたいだけど、そんな記憶は全然なかった。
その、早月くんのお父さんがシンガポールに転勤になったけど、早月くんは日本に残りたいと言ったらしいんだ。
それで、うちに来ることになった……って急すぎない?
「困るよ、そんな、中学生活が始まるっていうだけでもドキドキなのに!」
わたしはそう言ったけど、もう話はまとまってしまっていたみたいで。
家の二階、わたしの部屋の隣。
物置になっていたところを、早月くんの部屋にすることまで決まっていて。
あれよあれよという間に、準備は整ってしまったのだ。
わたし、鈴木美奈は、何の取り柄もない平凡な十二歳。
勉強はそこそこ。運動もそこそこ。音楽や図工の成績もパッとしなかった。
男の子のことは……ちょっと苦手。
小学校では女の子としか遊ばなかった。
そんなわたしが、いとことはいえ男の子と生活するだなんて。
しかも、早月くんのこと、全然覚えてないし。
早月くんが初めてうちにやって来た日、わたしは緊張でガチガチだった。
「鈴木早月です。よろしくお願いします」
うちの玄関でぺこりと頭を下げた早月くん。
わっ、背が高い。サラサラの黒髪に、くっきりした目鼻立ちは、童話に出てくる王子様みたい。
わたしもおずおずと自己紹介をした。
「鈴木美奈です……よろしくお願いします……」
そんな、ぎこちないわたしたちのやり取りをみて、お母さんが笑った。
「もう、あなたたちはいとこ同士なんだから、もっと気楽にしたらいいのに」
そんなこと言われても、こんなにカッコいい男の子だったなんて思わなかったんだよー!
「……叔母さん。それもそうやね。美奈ちゃん、でええかな」
わたしはパチパチとまばたきをした。
関西弁?
あっ、そうか、神戸に住んでいたんだっけ……?
「う、うん。いいよ、早月くん」
「引っ越し終わったら、ゆっくり話そう」
それから、家族みんなで早月くんの引っ越しを手伝った。
びっくりしたのは、本がとても多かったということ。
お父さんはそのことを知っていたみたいで、早月くんの部屋には立派な本棚が運びこまれて、早月くんがそこに本を並べていった。
夕飯はカレー。早月くんは私の隣に座ることになった。早月くんが言った。
「美奈ちゃん、覚えとう? 一緒に遊んだ日の夜はいっつもカレーやったな」
「えっと……そうだっけ。ごめん、忘れちゃった」
「そうかぁ」
しゅん、と眉根を下げてしまった早月くん。
わたし……悪いことしちゃったかも。
けど、本当に覚えてないんだもん。話を合わせる方が失礼だし。
それからは、お父さんとお母さんがよく喋るから、わたしは相槌を打っていただけだった。
それで、食べ終わって、食器をシンクに持って行った後だった。
早月くんに声をかけられた。
「なぁ、この後ちょっとだけ、俺の部屋で話さへん?」
「あっ、うん……いいよ」
そう言ってしまってから、わたしは気付いてしまった。
男の子と部屋で二人っきり、ってコト?
早月くんの部屋は、わたしの部屋と同じくらいの広さ。
けれど、大きな本棚がある分、窮屈に感じた。
そして、部屋に入ったはいいけれど、どこに座れば……?
早月くんは先にベッドに腰かけているし。
「美奈ちゃん。隣、ええよ」
「う、うん」
そっと早月くんの隣に座る。あまり間を開けすぎても変だし、かといってくっつくのなんかもっと変だし。
結果的に、わたしたちの距離は拳三つ分くらいになった。
早月くんが言った。
「ほんまに可愛くなったなぁ。びっくりした」
「そ、そんなことないよ?」
わたしの見た目なんて、中身と同じで平凡そのものなんだけどな。
「俺のこと……あまり記憶ないんやね」
「そうなんだ。ごめんね?」
「ええよ、ええよ。最後に会ったん五歳の時って聞いとうし。しゃあないで」
そして、早月くんは大きく息を吐いた後、こんな提案をした。
「なあ、中学では、いとこっていうことは内緒にしとかへん? 鈴木っていうありふれた苗字やし、言わんかったらバレへんと思うねん」
「うん、そうだね」
早月くんがどうしてそう言ったのかは聞かなかった。
けど、内緒にしておくのはわたしも賛成。
絶対、絶対、早月くんは目立つだろうし……。
そんな彼と親せきであることが知られたら、わたしまで注目されちゃうよ。
わたしは早月くんに言った。
「じゃあ、登校はバラバラね?」
「うん。俺、はよ登校して本読みたいから、先行くわ」
トントン、と扉がノックされた。お母さんだった。
二人っきりで息が詰まっていたから、いいタイミングだ。
「美奈、ここにいたの。お風呂入りなさい。早月くんはその後でいい?」
「はい、俺は最後で構わないです」
「じゃあ、わたし、入ってくるね」
いつもなら、お湯の中でのんびりしているんだけど、お母さんにお風呂長いよって何度か言われているし、早月くんを待たせるのも悪いし。
わたしはちょっと身体がほぐれたかな、くらいでお風呂場を出た。
それから、自分の部屋に戻って、クローゼットにかけてあった中学校の制服をまじまじと見た。
紺色のブレザーにプリーツスカート。赤いリボン。男子は赤いネクタイだったかな。
制服はこんなに可愛いけど、指定のリュックはやけに大きいしぶっちゃけダサい。
通学路で見かけた先輩たちは、このリュックにキーホルダーや缶バッヂをつけていたから、わたしもそのうちそうしてもいいかも。
そんなことを考えながら、ベッドに入った。
これから、隣の部屋には、早月くんがいるんだ……。
どうしてもそれを意識しながら眠った。
入学式が明日に迫った。
今日は念願のスマホ契約の日。
早月くんも一緒だ。
「わたし、この機種にしようってずっと決めてたんだ」
店頭で手に取ったのは、淡いピンク色のスマホだった。早月くんが言った。
「へぇ……俺、機種にはこだわりないし、これの色違いにしようかな」
早月くんは、青色のスマホにした。
わたしはお母さん、早月くんはお父さんがスマホの契約をして、説明も聞いて。
お昼ごはんをファミレスで食べて、帰ってきた。
リビングで、お母さんがわたしと早月くんに言った。
「いい、二人とも。スマホを使うルールはきちんと決めるからね」
お母さんは色んな条件を出してきた。
実際に会う友達以外の人とは連絡先を交換しないこと。
新しいアプリを入れる時はお父さんとお母さんに相談してから。
夜の九時になったらリビングの充電器に繋いで、そこからは朝まで使うのは禁止。
その他、色々、色々……。
正直うっとうしいけど、まだ中学生だもんね。お母さんが心配するのも無理ないか。
お父さんとお母さんの連絡先を登録して、次は早月くん。
「まあ、毎日会うし、連絡することもそんなにないと思うけどなぁ」
「そうだね」
早月くんは、試しにネコのスタンプを送ってくれた。
わたしも送り返した。
わたしのスマホでの初めてのやり取りが、早月くんとになっちゃった。
それから、早月くんはこんなことを言った。
「カメラ使ってみたいなぁ。美奈ちゃん、一緒に撮ろう?」
「一緒に? い、いいけど……」
早月くんは、自分のスマホの設定をインカメラにして、手を伸ばした。
もっと近づかないと、画面に入らない……。
触れるか触れないかの微妙な距離で。
わたしたちはツーショットを撮った。
「ふふっ、美奈ちゃんは写真でも可愛いなぁ」
「もう、そんなことないってば」
ここ数日、早月くんと一緒に暮らしているけれど。
早月くんは、何というか、わたしを買いかぶりすぎだ。
いとこのひいき目っていうやつなのかな……?
わたし、別に可愛くも何ともないのに。
撮った写真も、すっごく微妙な表情。
けど、早月くんは嫌味のない爽やかな笑顔だ。
本人を直接見るのは、恥ずかしいからできないけど、写真の中の早月くんをまじまじと見てみる。
本当にわたしたち、血が繋がってるの? と不思議になるくらい、似ていない。
明日からは中学生。
わたし、上手くできるのかな……?
とうとう中学校の入学式。
約束していた通り、早月くんが先に家を出ることになったんだけど。
「わぁっ、早月くん、カッコいい……!」
早月くんの制服姿はとても大人びていて、自分と同い年とは思えなかった。
「美奈ちゃんも可愛いで。リボンがよう似合っとう」
「そんなことないってば」
「美奈ちゃんはもっと自分に自信つけなあかんなぁ。ほな、行ってきます」
早月くんを見送って。わたしは十分くらい遅れて登校した。
体育館に入る直前に、クラス分けを確認。
わたしと早月くんは、同じ苗字だし、別々になるかな、と思っていたらやっぱりそうだった。
わたしが一組で早月くんが二組。
そして……。
「あっ! 真凛!」
一組のところに、高野瀬真凛の名前があった。
真凛は小学校からの仲良しだ。
同じクラスだなんて、心強い!
体育館の中に入って、一組の椅子のところに行くと、すでに真凛が座っていた。
「美奈!」
「真凛! やったね、同じクラス!」
思わずハイタッチ。
真凛は長い髪をポニーテールにしていて、すごく似合っていた。
「ねえ美奈、二組の方見てみて。すっごいイケメンがいるんだけど!」
「えっ?」
真凛が指したのは、早月くんだった。
早月くんは、背筋を伸ばしてピシッとしていた。
「本当だ、カッコいいね……」
「名前、何ていうのかな? 後で聞き込みに行かなくちゃ!」
真凛はけっこう行動派。
小学生の時も、自分から遊びを提案したり、クラスをまとめたりしていた。
そんな真凛にちょこんとくっついていたのがこのわたし。
わたしは、なるべく目立たずに中学生活を送りたいし、早月くんといとこだっていうことは、真凛にもバレないようにしないと。
退屈な式典があって、教室に移動して。
自己紹介も、無難なことだけ言って。
真凛と一緒に帰って、わたしは制服から部屋着に着替えてベッドでぐったりしてしまった。
大したことをしたわけじゃないのに、こんなに疲れてしまうなんて。
これから、大丈夫かなぁ。
少しすると、ドアがノックされたので、わたしは返事をした。
「早月やけど。入っていい?」
「いいよ」
早月くんはまだ制服のままで、やっぱり眩しく見えた。
「入学式お疲れさん。友達できたみたいやね」
「あっ、真凛はね、小学校から一緒なの。っていうか……わたしのこと、見てたの?」
「だって気になるんやもん。学校で困ったことあったら俺に言ってや。学校では秘密やけど、いとこやねんし」
「うん、わかった……」
そんなこと言われても、早月くんに頼ることなんてあるかなぁ……?
できるだけ何事もないように、大人しく過ごそうと思った。
入学オリエンテーションが始まって、わたしの本格的な中学生活が始まった。
真凛は本当に二組に調査に行ったみたいで、早月くんの名前を知ったらしい。
「鈴木早月くんだって。美奈と同じ苗字だね!」
「まあ、鈴木ってよくある苗字だから」
そして、早月くんの存在は、どんどん噂になっていった。
今年の新入生の中で、ううん、学校全体の中で一番のイケメンなんじゃないかって言われるようになって。
当の早月くんは、涼しい顔でそれを受け流しているのだとか。
いつも文庫本を持っていて、近寄りがたい雰囲気があるとか、何とか。
まあ、全部真凛から聞いた話なんだけど。
そして、授業が始まるようになった日のお昼休み。
真凛とお弁当を食べながら、こんなことを話した。
「美奈って部活どうするの?」
「別にいいかなぁ。運動は好きなわけじゃないし。文化部も興味あるのないし」
「じゃあ、生徒会は?」
「生徒会?」
「そう。生徒会に入っておくと、内申点が貰えて、高校受験の時に有利なんだよ?」
中学生になったばかりなのに、もう高校のことを考えているだなんて、真凛は凄いなぁと思いつつ。
わたしも、それってアリかも、と考えるようになった。
「見学だけでも行ってみようよ、美奈」
「うん、そうだね」
放課後、真凛と一緒に生徒会室に行ってみた。
そこには、メガネをかけた男の先輩と、ショートヘアーの女の先輩がいた。
物怖じしない真凛が、勢いよく声を出した。
「すみません、あたしたち、一年生なんですけど! 見学に来ました!」
すると、男の先輩が言った。
「ようこそ。僕は二年生の西条隼人。生徒会長だよ」
そして、女の先輩も自己紹介してくれた。
「私は二年生の江東綾香。副会長よ」
口には出さなかったけど、わたしはこう思っていた。
美男美女コンビだ……!
二人とも、とっても大人っぽくて賢そう。
さすが、役職についている人たちだ。
真凛が先に、次にわたしが名乗って、生徒会の活動について先輩たちから説明を受けた。
基本は週に一回だけ。
体育祭や文化祭がある季節は忙しくなる。
パソコンとかも使うらしいけど、優しく教えてくれるのだとか。
真凛は目をキラキラさせて、こう言った。
「あたし、入ります! 美奈も入るよね? ねっ?」
「あっ、はい……!」
見学だけのつもりが、入ることを決めてしまった。
我ながら、流されやすい性格だなぁと思うけど、せっかくの中学生活。何かを頑張ってみるのもいいよね?
一年生の校外合宿の日がやってきた。
先生には、一年生の連帯感を強めるため、集団生活でのルールを学ぶためにすると説明された。
バスで山まで行って、合宿所に一旦荷物を置いて、ラジオ体操をした後に山登り。
わたしは真凛と一緒の班になった。
「ううっ、真凛、待ってよぉ……」
「美奈、大丈夫ー?」
普段、運動なんてしないから、とってもキツい。
真凛に励まされながら、何とか頂上まで登った。
「わあっ……!」
そこから見えるのは、美しい山並みと、その間に流れる川だった。
お弁当を食べて元気を充電。
鬼ごっこをしてはしゃいでいる子たちもいたけど、わたしは真凛とのんびり。
登ったら、降りなきゃいけないしね……。
すると、早月くんが男の子たちに囲まれているのが見えた。
「早月! 写真撮ろう!」
「うん。いいよ。じゃあ俺が撮るよ」
「早月が写らないと意味ないだろ。誰か暇そうな奴に撮ってもらおう!」
そして、写真を撮ろうと言い始めた男の子が、わたしと真凛のところに来た。
「なあ、写真撮ってくれよ!」
気持ちよく応じたのは真凛だった。
「いいよー! はーいみんな、こっち向いてー」
一瞬、早月くんと目が合った気がした。
でも……気のせいかな?
男の子たちははしゃぎながらポーズを決めた。
終わった後、早月くんが真凛に言った。
「ありがとう、高野瀬さん」
「あっ、うん! お安いご用!」
男の子たちが去った後、真凛がパシンとわたしの肩を叩いた。
「ねぇねぇ、早月くん! あたしの名前覚えててくれたんだー! 一回しか話したことないのに!」
「あっ、話したことあるんだ?」
「うん。彼女はいますか? って聞きに行った」
「そんなこと聞いたの?」
相変わらずだなぁ、真凛は。
「いないんだって。美奈、狙い目かもよ?」
「もう……わたしはそんなのいいから」
「もし、美奈が早月くんと付き合ったらお似合いだと思うけどなぁ?」
「真凛、妄想膨らませすぎ」
山を降りながら、ふと気付いたことがあった。
さっきの早月くん……関西弁じゃなかったよね?
家にいる時とイントネーションが違った。
早月くんなりに、思うところがあるのかな。
合宿所に戻った後は、少し休憩して、夕飯のカレー作り。
わたしはよく料理の手伝いをしていたから、皮むきとかは慣れっこで、真凛にも頼られちゃった。
早月くんのことが気になったけど、組が違うから遠くにいて、何をしているのかはわからなかった。
お風呂に入って、同じ部屋の女の子たちでトランプを始めた。
トランプを持ってきたのは真凛。それが他の部屋の子たちにも広まって、何人か遊びに来た。
大富豪でボロ負けして、わたしは輪から離れた。
こういうゲームも、わたしにはどうも向いてないんだよなぁ……。
喉が渇いたから、小銭入れを握りしめて、ジュースを買いに行くことにした。
女の子たちは大盛りあがりで、わたしが部屋を出たことも気付いていないみたいだった。
「自販機……どこだっけ?」
大浴場に行く途中で見た気がするんだけど、探せど探せど見つからなかった。
そのうちに、中庭のようなところに出てしまって。
案外、こういうところにあるのかもしれない、とそこへ出ようとした時だった。
……誰かいる!
「ごめんね。君とは付き合えない」
わたしはとっさに扉のかげに身を隠した。
これは、早月くんの声だ。
一緒にいるのは、確か二組の女の子だったかな?
「そっかぁ。早月くん、理由聞かせてもらってもいい?」
これは、確実に。早月くんが告白されて、それを断った場面だ。
早く逃げた方がいい、という気持ちと。
そこから先を聞きたい、という気持ちと。
それらがせめぎ合った結果、結局身動きできずに立ち聞きする形になってしまった。
「理由かぁ。うん……実はさ。俺、好きな人いるんだよね」
「そうなんだ。それなら仕方ないね。これからも、友達でいてくれる?」
「うん。友達ならいいよ」
二人はわたしがいる方と反対方向に去っていった。
すっかり見えなくなってから、わたしはその場にしゃがみこんだ。
「う、うわぁぁぁ……」
衝撃の場面を目撃してしまった。
まだ、入学して一ヶ月経っていない。
それなのに、もう告白する女子がいるだなんて。
そして、それ以上にびっくりしたのが。
「好きな人いるんだよね」
早月くんのこの言葉。
これは、本当のコト?
それとも、断るための言い訳?
ぐるぐる考えたまま、わたしは部屋に戻ってきてしまった。
真凛がわたしを見て言った。
「美奈! どこ行ってたのー?」
「自販機……その、喉渇いて」
「でも手ぶらじゃない」
「場所、わかんなくて」
「もう、あたしが一緒に行ってあげる!」
真凛の後をついて、ロビーまで行った。
大浴場の方にあると思っていたのは、勘違いだったみたいだ。
「美奈、どうしたの? なんかあった?」
「えっ、何もないよ?」
「本当かなぁ? まあ、何かお悩みがあったら、いつでもこの真凛さんに言いなさい。ねっ?」
「ごめんね……」
その夜は、なかなか眠れなかった。
校外合宿が終わって帰宅。
早月くんも、わたしより少し遅れて帰ってきた。
「美奈ちゃん、合宿お疲れ。楽しかった?」
あんな場面を見てしまった、だなんて絶対にバレちゃダメ。
わたしは明るい声を出した。
「うん! 山登りはしんどかったけど、部屋でトランプしてね、女の子たちと仲良くなれたよ」
「そらよかったなぁ。俺も楽しかったわぁ」
本当は聞いてみたい。
好きな人がいるのかどうか。
でも……聞いてどうするの?
これからもこの家で暮らすのに、気まずくなんてなりたくないな。
お母さんが、キッチンから声をかけてきた。
「二人とも、お帰り! アイスあるよ。着替えていらっしゃい」
お母さんに言われた通り、部屋着に着替えてリビングのいつもの椅子に座った。
出されたアイスは、バニラとチョコの二種類だった。
早月くんが言った。
「美奈ちゃんが選び。俺、どっちでもええで」
「うーん、どうしようかなぁ」
両方捨てがたい。シンプルなバニラも、濃いチョコも。
「美奈ちゃん、めっちゃ悩むやん」
「あっ、ごめんね? 決められなくて……」
「ほな俺がチョコにしよか?」
「それでいいよ」
早月くんは、チョコのアイスのフタをとって、スプーンですくって食べ始めた。わたしもそうした。
バニラも美味しい。けど、やっぱりチョコもよかったかなぁって思っていると。
「美奈ちゃん、一口交換せぇへん? はい、あーん」
早月くんが、チョコのアイスが乗ったスプーンを差し出してきた。
「えっ、ええっ?」
「ほら、溶けるで。あーん」
「んっ……」
ええい、勢いだ。ぱくり。
「今度は美奈ちゃんちょーだい」
「はい……」
あたしがバニラのアイスをあげると、早月くんは満面の笑顔。
これって、これって、間接キスだよね?
早月くん、わかってる? わかってない……?
そんなわたしたちの様子を見て、お母さんが言った。
「二人とも、すっかり小さい頃に戻ったねぇ。お菓子分け合いっこしてたんだよ」
「うん、俺も覚えとうよ、叔母さん。美奈ちゃん優しかったなぁ……いっつも多めにくれた」
「そうだったんだ……?」
だったら、早月くんにとっては小さい頃の延長ってことなのかな?
わたしのこと、ただのいとことしか思ってないから、こんなことができちゃうのかな?
それは、他の誰よりも、わたしが早月くんと仲が良いということなのかもしれないけれど。
どこか、寂しい気持ちもあったんだ。