いとこの早月くんは関西弁で本音を言う

 文化祭の日は、秋晴れという言葉がぴったりの気持ちのいい青空だった。

 真凛が体育祭のステージを観たいと言うから、一緒についていった。

 ダンスに演劇、吹奏楽。

 うちの文化部って、本当に中学生なの? っていうくらいレベルが高い。

 その後、早月くんのお化け屋敷に行こうとしたんだけど……。




「うわっ。美奈、凄い行列だね」



 二組には人がわんさか押しかけていた。何となく……女の子が多い気がする。早月くんがお化け役をするということはよく知られていたみたいだ。



「真凛、当番に間に合わないし諦めよう」

「そうだねぇ。あ、ドーナツの店あるよ。あれだけ買ってクラスに戻ろう」



 ドーナツを食べてから、例の衣装に着替えて、飾り付けられた喫茶「フェリーチェ」に向かった。

 お客さんが少なかったから、そんなにすることもないかなって油断していたんだけど。



「おい、美奈ちゃんきたぞ」

「本当だ。可愛い! 入ろう入ろう」



 次から次へと新しいお客さんが……! あっという間に席が埋まってしまった。

 まだお客さんが来るみたいで、真凛がこう叫んだ。



「わたし、外に出て列整理してくるね! 美奈、お願い!」

「えー!」



 注文を取って、お菓子と飲み物を取りに行って、お客さんの机に置いて、伝票を置く。

 予行演習を何度かしていたから、案外すいすい身体が動いたけど、困ってしまったのはこんな申し出だった。



「美奈ちゃん、一緒に写真撮っていい?」

「えっ、あっ、はい……」



 流れに飲まれて撮影を許可してしまったわたし。ここ、メイド喫茶じゃないんだけどなぁ。

 早月くんはまだ来ない。正直、助けて欲しいな、なんて思っていたそんな時だった。



「きゃー!」



 真凛の声だ。びっくりして外に出てみると、ボロボロの服を着て頭から血を流した男の子がいた。



「あれ……えっと……早月くん?」

「そう! ゾンビメイクのままきちゃった」



 早月くんと分かればこわくない。わたしはプッと吹き出してしまった。



「早月くん、順番、ね?」

「はぁい。きちんと待ってるよ」



 なんとかお客さんの応対をこなして、早月くんを席に案内することができた。



「美奈ちゃん、一緒に写真撮ろう」

「うん、いいよ」



 フリフリドレスのわたしとゾンビの早月くん。なんだかハロウィンみたい。

 それを思うとおかしくて、自然に笑うことができた。

 帰ってから、早月くんに言われた。



「なぁ、喫茶店の美奈ちゃん、めっちゃ可愛かったで!」

「早月くんもよく似合ってた!」



 お父さんとお母さんにも写真を見せて、文化祭楽しめたんだねって言われて。

 早月くんとこんな風に笑い合えることができるなら。

 このまま。このままの関係で、十分満足できるんじゃないかな、って思ったんだ。
 文化祭が終わると、大きな波が引いてしまったように学校は静かになった。

 つまらないけど、頑張らなくちゃいけない授業を眠い目をこすりながら受ける。

 わたしはまだ、早月くんみたいに、大学とか、仕事とか、決めたわけじゃないけど。

 将来の可能性を潰さないためには、勉強はやっておかなくちゃね。

 お昼休みはいつも通り真凛と一緒。真凛はふわぁとあくびをして、こんなことを話した。



「なんかさ、早月くん周りの新しい情報なくてつまんないや」

「えっ、どういうこと?」

「早月くんがあまりにもそっけないから、女子みんな諦めモードって感じ。誰かのことが好きなんじゃないかっていう噂もあるけど、基本的に男子としか話してないみたいでさ」

「ふぅん……そっか……」



 わたしといとこ同士、っていう噂は流れてなくてよかった。

 学校だと、本当に話さないもんね、わたしたち。



「あっ、でもね、美奈、西条先輩と江東先輩の噂はある!」

「そうなの?」

「二人だけで下校しているのを見た子がいるんだって! ひょっとすると、ひょっとするかもよ?」



 正直、気になるけれど、わたしはあの二人の事情を知りすぎている。

 ボロが出たらいけないから、興味のないフリをした。

 家に帰ると、早月くんは相変わらずだったけど、一つだけ変わったことがあった。



「美奈ちゃん、俺、ブラックコーヒー飲めるようになった!」

「わっ、凄いね!」

「叔母さんには、カフェインあんまり子供によくないから、飲みすぎんように言われてしもたけど。俺かてもう中学生なんやけどなぁ」

「ふふっ、お母さんにとっては、まだ中学生、だからね」



 夕飯の時、話はクリスマスのことになった。

 お父さんが言った。



「結局、お父さんもお母さんも仕事だよ。どこにも連れて行ってやれなくてごめんな」



 わたしは言った。



「いいよ、気にしないで」

「せやで、叔父さん。こうして毎晩ご飯食べさせてもろてるだけで俺は嬉しいですから」



 そっか、クリスマスか。去年はコンサートに行って、ディナーを食べたっけ。

 今年はどうやって過ごそうかなぁ……。

 家族で過ごすイベントなんだから、早月くんと、っていうのは別におかしくない気がするけれど。

 もし、早月くんが誰か好きな人と過ごしたいと願うんだったら。

 それを優先させてあげたいと思った。

 そんな話をした翌日。登校すると、真凛がわたしを見て駆け寄ってきた。



「美奈、大ニュース! 西条先輩と江東先輩、付き合ったんだって!」

「えー!」


 あの二人に、一体何が?

 西条先輩と江東先輩。

 真凛が言うには、西条先輩の方から「僕たち付き合ったんだ」と二年生の教室で宣言したらしい。

 その噂を早速捕まえているのだから、さすが真凛というか、何というか。

 でも、それ以上詳しい話はわからないみたい。

 真凛が他の子にその話をしている間にスマホを見ると、なんと江東先輩からメッセージがきていた。



「西条くんとのこと、気になるよね。時間あったら放課後お話ししよう」



 わたしはもちろん、よろしくお願いしますと送った。

 放課後、江東先輩と、駅前の喫茶店に行った。



「美奈ちゃん、どれでも好きなの選んでいいよ。今回は私のおごり」

「じゃあ……ミルクティーで」



 江東先輩は、単刀直入に話し始めた。



「私ね。西条くんが、美奈ちゃんのことが好きなこととか、告白してフラれたこととか、全部知ってたんだ」

「そ、そうだったんですか」

「西条くんは、私のこといい相談相手だと思ってたみたいで。全部聞いてたの。それが……文化祭で仕事をしている時かな。やっぱり私といるのが落ち着く、って言ってくれて……」

「それで……」

「こんなに近くに可愛い女の子がいること気づかなかった、ごめんって。私、笑っちゃった」

「わぁっ……!」



 凄い、西条先輩からの告白だったんだ!



「私、西条くんのことはすっかり諦めてたんだよね。でも、好きでいてよかった。私の存在、気づいてくれた」

「江東先輩、おめでとうございます」

「気持ちは隠しておこうと思ってたんだけどね。素直に好き、って言えるって……いいことだね」



 そう言ってはにかむ江東先輩は、いつもに増して綺麗に見えた。

 そして、話はわたしのことになった。



「で、美奈ちゃんは早月くんのこと好きなんだよね?」

「あっ……西条先輩から聞いちゃいました?」

「ううん。見てたらわかった。女の勘ってやつ?」

「わ、わわっ」

「どうするの?」

「どうしましょう……」



 ミルクティーに視線を落とした。江東先輩にもこの気持ちがバレているということは、本人に届いてしまうのは時間の問題かもしれない。



「結果論だけど」


 江東先輩が語りだした。



「私は、自分の気持ちを伝えてよかった。このまま卒業したらきっと後悔してた。でもね、決めるのは美奈ちゃん次第だよ。私と美奈ちゃんは別々の人間だから」

「そう、ですよね……」



 伝えるか、伝えないか。

 きちんと答えを出すべき時がきたのだ。
 あれから、西条先輩と江東先輩は、公認カップルとして注目された。

 一緒にお弁当を食べたり、登下校をしたりと、本当に仲がいいみたいだ。

 真凛から流れてくる二人の様子を聞くにつれて、わたしにはどんどん欲張りな気持ちが芽生えてきた。

 わたしも、早月くんとそういうことをしたい。

 家の外でも遠慮せずに二人で話したい。

 テスト期間になって、頭をそちらに切り替える必要はあったけど、心の中には常に早月くんの存在があった。

 テスト結果は、一学期よりもまあ、できたかな、という程度。

 相変わらず平凡で、何の取り柄はないわたしだけど。

 勇気だけはふり絞ってみよう。

 そう思って、寝る前に早月くんの部屋の扉をノックした。



「美奈だよ。入っていい?」

「うん! ええよ!」



 早月くんはベッドに寝転んで、小説を読んでいたみたいで、文庫本が枕元に置かれていた。

 わたしが部屋に入ると、早月くんはベッドに腰かけて、わたしの分の隙間を空けてくれた。



「あのね、早月くん。クリスマスイブの予定って、ある?」

「ううん、特にないで。どうしたん?」

「その……ツリー見に行かない? その後ケーキ食べたり、とか」



 これが、わたしがずっと考えていた誘い文句だった。

 どうかな。断られたら、それはそれまでだなぁ。



「うん! ええで! 美奈ちゃんと出かけられるの、嬉しいなぁ」

「良かったぁ。じゃあ、お昼ご飯の後に行くのはどう?」

「そうしよかぁ」



 さ、誘えた! オッケーしてくれた!

 次は、服決めだ……!

 これは真凛の手を借りることにして、クリスマスイブの直前に、ショッピングモールに来てもらった。



「何、何? 美奈ったら、いきなり服選んでほしいってさぁ」

「その……ね? クリスマスイブに、早月くんに告白しようと思って」

「あー! やっぱり美奈、早月くんのこと好きだったんじゃない!」



 パシン、と肩を叩かれてしまった。痛い。



「よーし! 真凛さんに任せなさい! 美奈に一番映えるコーデ、探してみせるから!」

「お願いね、真凛!」



 その日は服屋さんを巡って、色々着替えてみて、いわゆる「勝負服」が決まった。
 クリスマスイブ。

 わたしは白いニットに、ベージュでチェック柄のプリーツスカート、茶色いダッフルコートを身に着けた。

 アクセントは赤いマフラー。

 クリスマスデートだから、赤は必須でしょ、って真凛が。

 リップクリームを塗って準備万端。早月くんの部屋の扉をノックした。



「早月くん、いい?」

「ええで! 行こかぁ!」



 早月くんは、白いパーカーに黒いダウンジャケットというラフな格好だった。



「おおっ、美奈ちゃんめっちゃ可愛い格好やん!」



 そんなことないよ、って今までのわたしなら言っていたかもしれないけれど。



「ありがとう、早月くん」



 そう、しっかりお礼を言えたんだ。

 電車に乗って、大きなツリーが見える広場まで。早月くんは見上げながら声をあげた。



「わぁっ、大きいなぁ! 白とシルバーで統一されててめっちゃオシャレ!」

「写真……撮る?」

「撮ろう撮ろう!」



 ツリーの前には、写真を撮る人の列があって、係の人に写してもらった。

 早月くんとは、今まで何回かツーショットを撮った。

 もしかしたら、これが最後になるかもしれない。

 それでもいい。

 この想いをきちんと伝える。

 今日はそのために来たんだから。

 ケーキ屋さんでも少し並んだけど、早月くんは待つ時間も楽しそう。



「美奈ちゃん、どれにする? やっぱりクリスマスならではのもんがええかなぁ?」

「これは? ブッシュドノエル」

「ええなぁ! 決定!」



 窓際の席に通された。早月くんとはテーブルを挟んで向かい合う形。

 早月くんがコーヒーを注文したから、わたしもそうした。

 そして、運ばれてきたのは、イチゴやサンタさんや雪だるまの乗ったにぎやかなブッシュドノエル。



「めっちゃ可愛いやん!」

「食べるのもったいないね」



 写真を撮ってから、二人で取り分けて食べた。

 美味しいはずなのに、この後のことを考えると胸が詰まる。

 でも、わたしは決めたんだ。

 今日ここで、しっかりと自分の気持ちを届けるんだって。

 ブッシュドノエルを食べ終わって、コーヒーが残り少なくなった頃。

 わたしはじっと早月くんの瞳を見た。



「ん? どうしたん?」

「早月くん。今日は、どうしても言いたいことがあって誘ったんだ」



 わたしはコホン、と咳払いをして、とうとう打ち明けた。



「わたし、早月くんのことが好き。いとことしてじゃなくて、男の子として好き。もし、もし、早月くんがよかったら……わたしを彼女にしてくれませんか?」



 ぱちぱち、と早月くんはまばたき。それから、困ったような顔をするから、ダメだったかな、って思ったけど、違った。



「……先に言われてしもたなぁ。俺から言おうと思ってたんやけど」

「えっ?」

「俺もな、美奈ちゃんのこと、好きやねん」
 この喫茶店には他にもお客さんや店員さんがいて。

 きっと、クリスマスソングもかかっていたはずなんだけど、わたしには無音の空間に思えた。

 早月くんも、わたしのことが……好き?



「実はさ、五歳の時からずっと、美奈ちゃんのこと好きやってん。日本に残ることにしたんも、美奈ちゃん目当て。そのうち言おう、言おう、って思ってたんやけど……タイミングわからんくて」

「嘘っ、そうだったの?」



 つまり、早月くんが宿泊合宿の時に言っていた「好きな人」って……わたし?



「ほんまやで。俺からも言わせて。美奈ちゃんのことが好き。俺の彼女になって」



 つうっ、と一筋の涙がこぼれてしまった。



「わわっ、美奈ちゃん!」

「ご、ごめんね、嬉しいの。でも、嬉しすぎて、夢みたいで、わけわかんなくて……」

「えっと……付き合ってくれるってことで、ええんやんね?」

「うん……喜んで」



 こうして、わたしたちは彼氏と彼女になった。

 喫茶店を出ると、早月くんが言った。



「なあ、お揃いのもん買わへん? 俺らの小遣いやと、買えるもん限られるけど……」

「いいね。そうしよう」



 わたしたちが選んだのは、銀色の星のキーホルダーだった。まるで、二人で見たツリーのような。

 これなら、通学のリュックサックにつけられる。

 帰りの電車に乗る頃には、夕飯近くになっていて、お母さんからいつ帰ってくるのかメッセージがきていた。

 わたしと早月くんは、座席に並んで座り、電車に揺られていた。



「早月くん、帰ったらすぐ夕飯みたい。きっとクリスマスメニューだよ」

「楽しみやなぁ。叔父さんと叔母さんには、付き合ったことまだ内緒にしとこか」

「そうだね。うるさそうだし」

「でもな、美奈ちゃん。知っとった? いとこ同士は結婚できるって」

「……うん」

「俺さ。これからずっと、美奈ちゃんのこと大事にする。そんで、大人になったら。親せきとかにも認めてもらって。そんで、結婚しよう」

「……うん!」



 どうしよう。ふわふわした気持ちが収まらない。

 すっかり日が落ちた住宅街を手を繋いで歩く。

 帰ったら、いつも通りにしないといけないのに。

 わたしったら、早月くんの手の温もりのことばかり考えている。

 もうすぐで、家の明かりが見えてくるという時になって、早月くんが足を止めた。



「……あのさ、美奈ちゃん。帰ったら、できひんから。今、していい?」

「な、何を?」

「……キス」



 そ、そんなのされたら、心臓が爆発しちゃうよ!

 でも、早月くんの声色はとても真剣だ。

 せっかくの付き合った記念日なんだし……。

 少し考えて、わたしはこう言った。



「ほっぺなら、いいよ」

「……んっ」



 右の頬に、軽く触れるだけのキス。

 それだけで、わたしは舞い上がってしまった。



「早月くん。好き。大好きだよ!」

「俺も好きやで。これからも、よろしくなぁ!」



fin

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