いとこの早月くんは関西弁で本音を言う

 八月の中旬になって、宿題が終わった。

 読書感想文は、早月くんが読んだ中からオススメの本を選んだ。

 夏休みも残り二週間。花火大会っていう大きなイベントは終わっちゃったし、真凛でも誘って軽く遊びに行こうかどうか、考えていた時だった。

 西条先輩から連絡がきた。



「なんだろう……?」



 生徒会のメンバーとは全員、連絡先を交換していたけど、こうしてメッセージがくるのは初めてだ。

 内容を読むと、宿題が終わったかどうか、というそんな質問だった。

 終わりました、と送ると、今度はなんと……一緒に遊びに行こうよ、っていうお誘い。

 えっと、わたしと西条先輩の二人で?

 なぜ、わたしなんかが選ばれたのかよくわからないけど、断りづらい。

 やり取りは続いて、水族館に行くことになった。

 当日、できるだけ綺麗めな水色のワンピースを着て部屋を出ると、早月くんと廊下でばったり。



「ん? 美奈ちゃんどっか行くん?」

「あっ、えっとね、真凛と! 真凛と水族館行くの!」



 とっさに嘘をついてしまった。



「そっかぁ! 楽しんでおいで」

「うん!」


 なぜ、本当のことが言えなかったんだろう。わからないまま、西条先輩との待ち合わせ場所に着いた。



「やぁ美奈ちゃん。来てくれて嬉しいよ。その服、すごく似合ってる」

「ありがとうございます」



 西条先輩は、大人っぽい白いシャツに黒い細身のズボンだった。

 かけているメガネは……いつもとは違う?



「西条先輩、メガネ……」

「あっ、気付いた? 学校でかけているのはオーバルっていう普通のやつで、こっちはウェリントンっていう大きめのやつ」

「へえ! そっちも素敵です」

「ありがとう」



 水族館は、小学校の遠足で何回か行ったことがあった。

 でも、こんな風に、男の先輩と二人きりで行くことになるなんて。

 これも……デートだよね? どうなんだろう?

 ううっ、デートの定義がわからなくなってきた。

 水族館の入り口で、パンフレットを手に取った西条先輩は言った。



「あっ、イルカショーもうすぐだよ。いきなりだけど行っちゃおうか。席なくなると困るし」

「はい、わかりました」



 西条先輩について、イルカショーの会場へ。

 さすが夏休み。始まるまでまだ時間はあるのに、人で埋めつくされていた。

 なんとか入れた端の方の席に座って待つ。その間、西条先輩に尋ねられた。



「早月くんとはずっと一緒に住んでるの?」

「今年の三月からです。早月くんのご両親が海外に転勤になって」

「そうだったんだ。二人、前から仲良いと思ってたからさ。あの日、いとこだって説明されて納得したよ」

「あはは……」



 軽快な音楽が流れ、イルカショーが始まった。
 西条先輩と二人きり、という状況に、ちょっと遠慮はあったんだけど。

 イルカショーが始まったとたんに、それが吹き飛んでしまった。

 一斉に水面から飛び上がるイルカたち。派手な水しぶき。くるくる回って可愛いお辞儀。

 わたしは前のめりになって、拳を握りしめた。



「西条先輩! 凄かったですね!」

「よかった、美奈ちゃんいい笑顔。他も回ろうか?」

「ぜひ!」



 最初がイルカショーでよかった。一気にテンションが上がって、その後の展示も楽しく見ることができた。

 途中、西条先輩がどうしてもおごってくれると言うのでソフトクリームを食べて。

 薄暗いクラゲのコーナーでは、ついつい時間を忘れて見とれてしまった。



「美奈ちゃん、クラゲ好き?」

「はい。不思議な形してますよね。まるで宇宙から来たみたい」

「ははっ、そうだね」



 全ての展示を見て回って、水族館を出た。



「美奈ちゃん、もう少し話したいんだけどさ。そこの公園、寄って行かない?」

「いいですよ」



 木陰で涼しくなっているベンチに横並びで座った。

 カナカナカナ……。

 これは、ひぐらしかな。

 しばらく暑さは続くだろうけど、夏休みはもうそろそろ終わってしまうんだ。



「ねえ、美奈ちゃん。実はさ。言いたいことがあって、今日誘ったんだ」

「……えっ?」



 西条先輩のメガネの奥の瞳が、きらめいたように見えた。



「僕、美奈ちゃんのことが好きなんだ。生徒会室で、初めて出会った時からずっと。一目惚れした。他の誰とも付き合ってほしくないから……僕の彼女になってくれない?」



 世界中の音が、一瞬止まったような気がした。

 西条先輩が……わたしのことを、好き……?

 こんな、平凡で、何の取り柄もないわたしのことを……?

 誰かにそうやって、特別に想われていたこと自体は、嬉しい、のかもしれない。

 けど、けど、わたしは……。



「……ごめんなさい」



 そう言うので、精一杯だった。

 次から次へと、涙がこぼれ出てきて。止まらない。

 どうしてこんな気持ちになったのか。自分でたどり着くより前に、西条先輩に言われてしまった。



「そっか。やっぱり、早月くんのことが好きなんだ?」



 わたしはこくん、と頷いた。

 気付いてしまったんだ。

 告白されて、初めて気付いた。

 わたしは早月くんのことが好きなんだって。いとこじゃなくて、彼女になりたいんだって。

 そう、気付いてしまった……。



「美奈ちゃん。色々考えたいことあるよね。僕のことはいいからさ。思いっきり泣くといいよ」

「さ、西条先輩は……どうしてそんなに優しいんですか……わたし、断ったのに……」

「先輩だから。後輩に優しくするのは当たり前でしょう?」



 わたしは両手で顔を覆った。西条先輩は、わたしが泣き止むまで、ずっと背中をさすってくれていた。
 西条先輩は、別れ際、こう言った。



「学校では、今まで通り、頼れる生徒会長やるからさ」



 ……だって。

 きっと、西条先輩も苦しいはず。なのに、そんな言葉をかけてくれるなんて。

 すぐに家に帰ったら、泣いたのが丸わかりだろうから、わたしは駅前を散策することにした。

 夏服のセール。特に買いたいものはないけど、ちょうどいいからそこで時間を潰した。

 帰宅すると、早月くんのスニーカーがなかったからホッとしてしまった。出かけているみたいだ。

 わたしは自分の部屋に入って、楽なTシャツとジャージに着替えた。

 それから、ベッドにうつ伏せになって、今回のことを考えていた。

 早月くんのことが、「恋愛」という意味で「好き」だってわかって。これからどうしたらいいんだろう。

 そのまま、ぼおっとして、眠ってしまった。泣き疲れていたせいもあったのかもしれない。

 お母さんに、肩を叩かれて起こされた。



「美奈、夕飯だよ、起きて。こんな時間までお昼寝しちゃって……」

「わっ……ごめんなさい」



 リビングに行くと、もうお父さんと早月くんは席についていた。

 今夜のメニューはそうめん。助かった。さっと食べ終わることができた。

 わたしは自分の食器をシンクに置いて、すぐに自分の部屋に戻った。

 すると、少しして扉がノックされた。



「なぁ、美奈ちゃん! 入れてー!」

「う、うん……」



 にっこり笑った早月くん。その笑顔が、今はとてもまぶしすぎる。



「真凛ちゃんと水族館、どうやった? 楽しかった?」

「まあ、普通……」

「どうしたん? もしかして真凛ちゃんとケンカしたん?」

「何でもない! 話したくないから出て行って!」

「ご、ごめんなぁ……」



 早月くんを追い払ってしまった。

 わたしったら、何やってるの……?

 その日から、わたしはなるべくリビングに行かないようにした。

 昼食も、早月くんも別々にとった。

 そうすることで、余計に心配をかけることはわかりきっていたけど、それでもそうしてしまった。

 わからない、わからないよ。

 こんな想いを抱えたまま、どうやって一緒に暮らしていけばいいの?

 そして、夏休みは終わってしまった。
 二学期が始まった。

 生徒会では、文化祭に向けてのスケジュールが説明された。

 西条先輩は、あの時言ってくれた通り、「頼れる生徒会長」だった。

 いつもの爽やかな雰囲気で、テキパキと役割分担を決めた。

 わたしは江東先輩と一緒に、文化祭のパンフレット作りの班に入ることになった。

 早月くんが、先に備品管理の班に手を挙げたから、それを避けたのだ。

 やっぱり、というか何と言うか。

 備品管理を女の子たちがこぞってやりたがって、最後はくじ引きになっていた。

 終わって、真凛と一緒に帰ることになって、通学路で真凛がこんなことを話した。



「なんかさー、早月くん争奪戦が過激になりそうだよね? 美奈はいいの?」

「わたしは興味ないよ」



 本当は、不安だった。文化祭がきっかけで、早月くんが誰かと親密になったらどうしようって。

 けど、その時は、その時……なのかもしれない。

 わたしは、ただのいとこなんだから。

 夕飯の時以外は、なるべく自分の部屋にいるようになって、早月くんも来ることはなかった。

 誕生日にもらったクッキーはとっくに食べてしまった。

 缶は、空っぽのままだ。それを開けたり、閉めたり。

 花火大会の時は、あんなに楽しかったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 勉強もどんどん難しくなって、ちゃんと授業を聞かないといけないのに、どこか上の空だった。

 そして、真凛と一緒に教室でお弁当を食べて、そのまま喋っていた時だった。

 早月くんがわたしたちのところにやってきた。



「美奈ちゃん、生徒会のことで話があるんだけど、来てもらっていいかな?」

「あっ、うん……」



 早月くんに連れて行かれたのは、中庭だった。



「早月くん、話って?」

「ああ、うん……生徒会っていうのは嘘。あのさ。どうしても気になってさ。最近、美奈ちゃんと距離感じるんやけど……」



 とうとう、聞かれてしまった。わたしはうつむいた。とても早月くんの顔を見ることができなかった。



「俺、美奈ちゃんに何かした? したんやったら教えて。謝るから。あかんとこあったら直すから」

「そ、そういうのじゃないの……その……悩んでることがあって」

「悩み事?」

「今は、言えないんだ。心の整理ができなくて。だから、ごめん……」



 すると、早月くんはポンポン、とわたしの頭を撫でた。



「そうかぁ。嫌われたと思ってたぁ。悩み事は気になるけど……俺に言えるようになったら教えて。それまで待つし」



 ごめん、と言いかけたけど、飲み込んだ。



「ありがとう、早月くん」



 きっと、これが今の正解だ。

 教室に戻ると、真凛がニヤニヤ笑いながら聞いてきた。



「美奈、何だったの? もしかして告白?」

「違うよ。本当に生徒会の話。作業が多いから手伝えるかどうか聞かれたけど、断ったの。それだけ」



 そんな言い訳がスラスラ出てきてしまった自分に驚いた。



「なーんだ! やっとカップル成立かと思ったぁ」

「真凛、それよりさ、文化祭だけど……」



 そうやって話題を変えた。わたし、上手く取りつくろえるようになってきたのかも。
 クラスでも、文化祭の出し物について学級会が行われた。

 一組がやることに決まったのは喫茶店。

 といっても、生菓子とかは出せなくて、袋入りのお菓子と簡単な飲み物を出すだけみたい。

 どんなコンセプトにしようか、とクラスが盛り上がり始めて、真凛も積極的に意見を出していたけど、わたしは成り行きを見守るだけだった。

 テーマが「クラシカル」に決まって、それっぽく教室を飾ることになった。

 あとは、役割だけど……。



「はいはーい! 給仕係、あたしと美奈もやりまーす!」

「ちょっと、真凛!」



 真凛が勝手にわたしの名前を出した。担任の先生が言った。



「鈴木さん、どうする? やりたい?」

「えっと、まあ……他にする人がいないんだったら、やります」



 意外なことに、給仕係に手を挙げた人は少なくて、わたしはやることになってしまった。

 まあ、生徒会の仕事はプログラム作りだけだし、文化祭当日はすることがなかったし、ちょうど良かったかな?

 何より、真凛が一緒だったら何とかなるって思うし。

 その日、帰宅すると、早月くんが先にリビングにいるようだった。

 わたしは自分の部屋に逃げずに、早月くんと話すことにした。



「早月くん、ただいま」

「おかえり美奈ちゃん。何か飲む?」

「コーヒー……はまた今度でいいや。紅茶、自分で準備するね」



 紅茶を作って、早月くんの隣に腰かけた。そして、わたしから話題を振った。



「うちのクラスね、文化祭は喫茶店をすることになったの。早月くんのとこは?」

「お化け屋敷! 俺、おどかす役すんねん」

「わっ、そうなの?」

「もうメイクとか衣装のイメージも決まっててな。ああ、でも当日までのお楽しみ」



 今、わたし……ちゃんとこれまで通り話せてるかな?

 いとこ、できてるかな?

 早月くんが言った。



「人生初めての文化祭やもんなぁ。めっちゃ気合い入るわぁ」

「そうだよね。わたし、給仕係することになっちゃって」

「ほんま? 絶対行く! 可愛い衣装着るんやろ?」

「うーん、衣装係の子たちが何か用意してくれるみたいだけど、詳しくは知らないや」

「楽しみやなぁ。時間とか決まったら絶対教えてや!」



 うん、多分、大丈夫。

 話しながら、思い出していたのは、江東先輩のことだった。



「一緒にいられるだけでいいんだ。それだけでも楽しいから」



 わたしも、早月くんとこうして一緒にいられるだけで楽しい。

 江東先輩の言っていたことが、少しずつわかってきた。
 文化祭のパンフレット作りは、想像以上に大変だった。

 全てのクラスの委員長から、クラスの出し物と、アピールポイントを書いてもらったプリントを提出してもらう。文化部の部長にも同じことをお願いする。それから、その内容をパソコンでキーボード入力する。

 あと、体育館で行われる演目のタイムテーブルも作成しないといけないけど、それは慣れている江東先輩がすることになった。

 わたしは作業をするために、毎日生徒会室に通った。

 あと、クラスの喫茶店は「喫茶フェリーチェ」と名前が決まって、衣装も準備してもらったんだけど……。



「わたし……こんなに可愛い服着てもいいの?」



 試着してきて、と渡されたのは、フリフリの白いエプロンがついた、黒い膝下丈のワンピース。

 真凛も同じのを着た。



「わー! 美奈似合ってるぅ! こりゃ男子たちが大騒ぎだね!」

「真凛も似合ってるよ。わたしは何だか慣れそうにないなぁ……」



 衣装係の子たちがわたしを取り囲んで、スカート丈がどうのこうの、とか言ってる。

 わたしは着せ替え人形になった気分でじっとしていた。

 それから、給仕係の当番表ができたから、わたしはそれを帰ってから早月くんに見せた。



「早月くん、これわたしの当番表。後半になったよ」

「よかったぁ、俺のお化け屋敷の当番とかぶってへんわ。絶対行く!」

「あんまり期待しすぎないでね?」



 早月くんに、あの衣装見られるんだ……恥ずかしいな。

 その日の夕食は、わたしも食材を切るのを手伝った。ビーフシチューだった。

 お母さんが言った。



「美奈、包丁使うの上手になったね。最初は危なっかしくてどうしようかと思ったけど」

「もう、わたしだって中学生だよ? これくらいできますぅ」

「お母さんから見たら、中学生はまだまだ子供ですぅ」



 そう言って、顔を見合わせて笑った。

 早く大人になりたいな。

 わたしの思う、大人は……。

 自分の気持ちを自分で整理できて、きちんと行動できる人。

 浮かんだのは、西条先輩の顔だった。

 きっと、たくさん、たくさん考えて、わたしに告白してくれたんだよね。

 わたしが早月くんのことを好きなことを見抜いていて、それでも。



「美奈、どうしたの? ぼおっとしちゃって」

「お母さん、何でもないよ。スプーン並べてくるね!」



 少しずつでもいいから近づいていこう。自分が思う、大人の姿に。
 文化祭の日は、秋晴れという言葉がぴったりの気持ちのいい青空だった。

 真凛が体育祭のステージを観たいと言うから、一緒についていった。

 ダンスに演劇、吹奏楽。

 うちの文化部って、本当に中学生なの? っていうくらいレベルが高い。

 その後、早月くんのお化け屋敷に行こうとしたんだけど……。




「うわっ。美奈、凄い行列だね」



 二組には人がわんさか押しかけていた。何となく……女の子が多い気がする。早月くんがお化け役をするということはよく知られていたみたいだ。



「真凛、当番に間に合わないし諦めよう」

「そうだねぇ。あ、ドーナツの店あるよ。あれだけ買ってクラスに戻ろう」



 ドーナツを食べてから、例の衣装に着替えて、飾り付けられた喫茶「フェリーチェ」に向かった。

 お客さんが少なかったから、そんなにすることもないかなって油断していたんだけど。



「おい、美奈ちゃんきたぞ」

「本当だ。可愛い! 入ろう入ろう」



 次から次へと新しいお客さんが……! あっという間に席が埋まってしまった。

 まだお客さんが来るみたいで、真凛がこう叫んだ。



「わたし、外に出て列整理してくるね! 美奈、お願い!」

「えー!」



 注文を取って、お菓子と飲み物を取りに行って、お客さんの机に置いて、伝票を置く。

 予行演習を何度かしていたから、案外すいすい身体が動いたけど、困ってしまったのはこんな申し出だった。



「美奈ちゃん、一緒に写真撮っていい?」

「えっ、あっ、はい……」



 流れに飲まれて撮影を許可してしまったわたし。ここ、メイド喫茶じゃないんだけどなぁ。

 早月くんはまだ来ない。正直、助けて欲しいな、なんて思っていたそんな時だった。



「きゃー!」



 真凛の声だ。びっくりして外に出てみると、ボロボロの服を着て頭から血を流した男の子がいた。



「あれ……えっと……早月くん?」

「そう! ゾンビメイクのままきちゃった」



 早月くんと分かればこわくない。わたしはプッと吹き出してしまった。



「早月くん、順番、ね?」

「はぁい。きちんと待ってるよ」



 なんとかお客さんの応対をこなして、早月くんを席に案内することができた。



「美奈ちゃん、一緒に写真撮ろう」

「うん、いいよ」



 フリフリドレスのわたしとゾンビの早月くん。なんだかハロウィンみたい。

 それを思うとおかしくて、自然に笑うことができた。

 帰ってから、早月くんに言われた。



「なぁ、喫茶店の美奈ちゃん、めっちゃ可愛かったで!」

「早月くんもよく似合ってた!」



 お父さんとお母さんにも写真を見せて、文化祭楽しめたんだねって言われて。

 早月くんとこんな風に笑い合えることができるなら。

 このまま。このままの関係で、十分満足できるんじゃないかな、って思ったんだ。
 文化祭が終わると、大きな波が引いてしまったように学校は静かになった。

 つまらないけど、頑張らなくちゃいけない授業を眠い目をこすりながら受ける。

 わたしはまだ、早月くんみたいに、大学とか、仕事とか、決めたわけじゃないけど。

 将来の可能性を潰さないためには、勉強はやっておかなくちゃね。

 お昼休みはいつも通り真凛と一緒。真凛はふわぁとあくびをして、こんなことを話した。



「なんかさ、早月くん周りの新しい情報なくてつまんないや」

「えっ、どういうこと?」

「早月くんがあまりにもそっけないから、女子みんな諦めモードって感じ。誰かのことが好きなんじゃないかっていう噂もあるけど、基本的に男子としか話してないみたいでさ」

「ふぅん……そっか……」



 わたしといとこ同士、っていう噂は流れてなくてよかった。

 学校だと、本当に話さないもんね、わたしたち。



「あっ、でもね、美奈、西条先輩と江東先輩の噂はある!」

「そうなの?」

「二人だけで下校しているのを見た子がいるんだって! ひょっとすると、ひょっとするかもよ?」



 正直、気になるけれど、わたしはあの二人の事情を知りすぎている。

 ボロが出たらいけないから、興味のないフリをした。

 家に帰ると、早月くんは相変わらずだったけど、一つだけ変わったことがあった。



「美奈ちゃん、俺、ブラックコーヒー飲めるようになった!」

「わっ、凄いね!」

「叔母さんには、カフェインあんまり子供によくないから、飲みすぎんように言われてしもたけど。俺かてもう中学生なんやけどなぁ」

「ふふっ、お母さんにとっては、まだ中学生、だからね」



 夕飯の時、話はクリスマスのことになった。

 お父さんが言った。



「結局、お父さんもお母さんも仕事だよ。どこにも連れて行ってやれなくてごめんな」



 わたしは言った。



「いいよ、気にしないで」

「せやで、叔父さん。こうして毎晩ご飯食べさせてもろてるだけで俺は嬉しいですから」



 そっか、クリスマスか。去年はコンサートに行って、ディナーを食べたっけ。

 今年はどうやって過ごそうかなぁ……。

 家族で過ごすイベントなんだから、早月くんと、っていうのは別におかしくない気がするけれど。

 もし、早月くんが誰か好きな人と過ごしたいと願うんだったら。

 それを優先させてあげたいと思った。

 そんな話をした翌日。登校すると、真凛がわたしを見て駆け寄ってきた。



「美奈、大ニュース! 西条先輩と江東先輩、付き合ったんだって!」

「えー!」


 あの二人に、一体何が?

 西条先輩と江東先輩。

 真凛が言うには、西条先輩の方から「僕たち付き合ったんだ」と二年生の教室で宣言したらしい。

 その噂を早速捕まえているのだから、さすが真凛というか、何というか。

 でも、それ以上詳しい話はわからないみたい。

 真凛が他の子にその話をしている間にスマホを見ると、なんと江東先輩からメッセージがきていた。



「西条くんとのこと、気になるよね。時間あったら放課後お話ししよう」



 わたしはもちろん、よろしくお願いしますと送った。

 放課後、江東先輩と、駅前の喫茶店に行った。



「美奈ちゃん、どれでも好きなの選んでいいよ。今回は私のおごり」

「じゃあ……ミルクティーで」



 江東先輩は、単刀直入に話し始めた。



「私ね。西条くんが、美奈ちゃんのことが好きなこととか、告白してフラれたこととか、全部知ってたんだ」

「そ、そうだったんですか」

「西条くんは、私のこといい相談相手だと思ってたみたいで。全部聞いてたの。それが……文化祭で仕事をしている時かな。やっぱり私といるのが落ち着く、って言ってくれて……」

「それで……」

「こんなに近くに可愛い女の子がいること気づかなかった、ごめんって。私、笑っちゃった」

「わぁっ……!」



 凄い、西条先輩からの告白だったんだ!



「私、西条くんのことはすっかり諦めてたんだよね。でも、好きでいてよかった。私の存在、気づいてくれた」

「江東先輩、おめでとうございます」

「気持ちは隠しておこうと思ってたんだけどね。素直に好き、って言えるって……いいことだね」



 そう言ってはにかむ江東先輩は、いつもに増して綺麗に見えた。

 そして、話はわたしのことになった。



「で、美奈ちゃんは早月くんのこと好きなんだよね?」

「あっ……西条先輩から聞いちゃいました?」

「ううん。見てたらわかった。女の勘ってやつ?」

「わ、わわっ」

「どうするの?」

「どうしましょう……」



 ミルクティーに視線を落とした。江東先輩にもこの気持ちがバレているということは、本人に届いてしまうのは時間の問題かもしれない。



「結果論だけど」


 江東先輩が語りだした。



「私は、自分の気持ちを伝えてよかった。このまま卒業したらきっと後悔してた。でもね、決めるのは美奈ちゃん次第だよ。私と美奈ちゃんは別々の人間だから」

「そう、ですよね……」



 伝えるか、伝えないか。

 きちんと答えを出すべき時がきたのだ。