いとこの早月くんは関西弁で本音を言う

 浴衣を買いに、お母さんと出かけた。

 小学生の時のは、金魚の柄だったけど、中学生になったんだもん。もう少し大人っぽい方がいい。

 お母さんにもあれこれ意見をもらって、選んだのは薄紫色の花柄。



「うんうん、美奈によく似合ってる。なんか、お母さんの若い頃を思い出すなぁ」

「お母さんの?」

「お父さんと付き合ったばかりの頃、浴衣デートしたんだよ。二人ともその時はもう少し痩せてたかな?」

「ふふっ、そうなんだ」



 浴衣を買ってもらって、今度は喫茶店にきた。

 お母さんはブラックコーヒー。わたしはミルクティー。

 当日、着付けやヘアセットもしてもらわなくちゃいけないからと、お母さんが近所の美容院を予約してくれた。



「美奈、写真いっぱい撮ってきてよね!」

「はぁい」



 飲み物が半分くらい減ったところで、お母さんがこんな話を始めた。



「ねえ、美奈。今、早月くんが使ってる部屋ね。本当は、美奈の弟か妹ができる予定で空けておいた部屋だったんだよ」

「……そうなんだ?」

「流産ってわかる? お腹の中で赤ちゃんが死んじゃうこと。何度もそうなっちゃってね。美奈にきょうだいを作ってあげるのは諦めたの」

「初めて聞いた……」

「美奈も中学生になったから、そろそろ話しておいてもいいかと思ってね」



 今時、同級生で一人っ子は珍しくないし、きょうだいがいないことについては何とも思ったことはなかった。

 そっか、お父さんとお母さんは、子供が二人欲しかったんだ。



「だからね、早月くんが来てくれて、お母さん嬉しいんだよね。男の子も育ててみたいって思ってたから」

「わたしも、早月くんと一緒に過ごすの楽しいよ」

「でも、初めはどうなることかと思った。美奈ったら、すっごく緊張してたじゃない? 今は打ち解けてくれたみたいで、お父さんとお母さん、ホッとしてるんだよ」



 これまでの早月くんとの日々を思い返す。

 学校では、いとこなのは内緒だし、早月くんも標準語だし、何より近寄れないしで、よそよそしいけど……。

 家では、同い年の兄妹のように過ごすことができている、気がする。

 話は花火大会のことに戻った。



「いい、美奈。夜遅くなるんだから、絶対に早月くんと離れないこと。困ったら大人の人に頼ること。どうしてもっていうなら、車で迎えにきてあげる。それから……」

「もう、わかったって。大丈夫だってば」



 もしかすると、早月くんはそんなこと、意識していないかもしれないけれど。

 わたしにとっては人生初デート。

 思い出に残る一日になればいいなぁ……。
 花火大会当日。
 
 お昼過ぎに、浴衣を持って美容院に行って、着付けとヘアメイクをしてもらった。

 鏡の中のわたしは、ちょっとだけ……お姉さんっぽくなったかな?

 早月くんとは、駅前で待ち合わせをしていて、目印は時計台だ。

 ラフな白いTシャツにデニム姿の早月くんが、先にいた。



「お待たせ……」



 わたしが声をかけると、早月くんはぱちぱちと瞬きをした。



「えっ、嘘っ、美奈ちゃん? めっちゃ可愛い! 誰かと思ったぁ!」

「もう、早月くん大げさだよ」

「ほんまやねんて。わぁっ、今日はこんなに可愛い子と一緒に歩けるんや。嬉しいなぁ……」



 そして、早月くんはすっと手を差し出してきた。



「なぁに?」

「はぐれたらあかん。手ぇ繋いどこ」

「えっ、えっ、ええっ?」



 そのまま、手を握られてしまった。なんだか振りほどけないし、そのまま電車に乗っちゃった。

 電車の中は、花火大会に行くのだろう、浴衣の人たちがちらほらいた。

 見るからに仲のいい大学生くらいのカップルもいて。

 わたしたちも、その人たちと同じように見られてる? って思うと落ち着かなくて。

 早月くんが喋ることに、相槌を打つばかりだ。



「俺、ベビーカステラ食べたいなぁ」

「うん、いいね」

「他にもどんなんあるんか、回るん付き合ってな!」

「うん、いいよ」



 繋いだ手のひらから伝わる早月くんの体温。

 ほっこりして、落ち着くような、恥ずかしくて、そわそわするような。

 二つの気持ちが入り混じって、とんでもなく変な感じがする。

 まだ花火大会の会場に着いてもいないっていうのに、こんなので大丈夫なの?



「あっ、着いたで美奈ちゃん。足元気ぃつけな」



 そっと電車を降りて、階段を降りる人波の中に入って行く。

 手はずっと繋いだまま。

 けっこう大きなお祭りだから、知り合いにばったり出会うかもしれないし、人が多すぎて出会わないかもしれない。

 そんな、ギリギリの緊迫感。早月くんはそういうこと、考えてるのかな。

 駅を出て、少し歩いて、海辺の広場まで出た。

 早月くんがキラキラした瞳をわたしに向けて叫んだ。



「わぁっ、屋台だらけやー!」



 ふんわり香るのは、わたあめやソースの匂い。

 やってきたぞ……!
 
 花火大会、屋台巡りのはじまり!

 早月くんが言ってたベビーカステラは凄い行列。

 でも、わたしも食べたかったから、思い切って並んだ。



「美奈ちゃん、サイズどうしよう? ようさん食べるやろうし、一番大きいのにしとく?」

「そうだね、ようさん、食べるし」



 お祭りの雰囲気で浮かれてきたのか、そんな冗談も言える余裕が出てきた。

 ベビーカステラを口に放り込みながら、ぐるぐると見ていく。

 フランクフルトとお好み焼きも買って、ベンチを探して座った。



「えらい人やなぁ。場所取り早くせんと」

「……偉い人?」

「ああ、えらい、っていうのも、たくさんっていう意味」

「関西弁って奥が深いなぁ」



 花火の打ち上げまであと一時間。

 ジュースを買って、一番よく見える広場まできた。

 早月くんはレジャーシートを持ってきてくれていたんだけど、子供用? っていうくらい小さい。

 自然と肩を寄せあうような形で座ることになってしまった。



「美奈ちゃん、順番でトイレ行っとかへん? 帰りの電車すぐに乗られへんやろうし」

「そうだね。わたし、先に行ってくるよ」


 そんなことまで考えてくれているなんて、早月くんは本当にしっかりしている。

 交代でトイレに行って、どんどん暮れていく空を見上げた。

 待っている間は、読書感想文の話をした。

 早月くんは、本当に課題図書を全部読むつもりみたいで、全部買ったのだとか。

 そして、アナウンスが流れ、花火が始まった。



「わぁっ……!」



 夜空を彩るまばゆい光。黄色、オレンジ、赤、ピンク、青……。

 まるで万華鏡のようにくるくる花が咲いて、ひと時も目が離せない。

 ハートの形の花火もあって、すごく可愛かった。

 そうだ、写真。わたしはスマホで何枚か花火を写した。けれど、ブレてうまく撮れなかった。



「美奈ちゃん、記念撮影しようなぁ」

「うん!」



 花火を背景に、二人で撮った。今度はわたし、自然に笑えてる。花火のおかげかな。

 終了のアナウンスが流れて、わたしたちはさっとレジャーシートを片付けた。早く帰らないと。

 なんとか電車に乗れたものの、もう、ぎゅうぎゅう詰めで……!

 わたしは壁の方に背中をつけた。早月くんが、わたしに向かい合って、わたしの肩越しに壁に両手をついた。



「早月くん……?」

「美奈ちゃんが潰れんよう、守ったる。俺の腰につかまっとき」

「う、うん」



 こわごわと早月くんの腰に手を回した。早月くんが腕を伸ばしている分、距離が開いているけど、それでも普段より物凄く近い。

 お互いの心臓の音が聞こえてきそうなくらいだよ……!

 やっとの思いで駅について、帰り道も手を繋いだ。

 もう、人はまばらだし、はぐれる心配なんてないっていうのに。



「美奈ちゃん……今日さ、俺は楽しかったけど、美奈ちゃんは?」

「わたしも、わたしもすっごく楽しかったよ!」

「よかったぁ。よっしゃ、もうすぐ家や。俺、美奈ちゃんのこと守れたかな?」

「うん。ありがとう、早月くん」



 初デートは、こうして終わった。
 八月の中旬になって、宿題が終わった。

 読書感想文は、早月くんが読んだ中からオススメの本を選んだ。

 夏休みも残り二週間。花火大会っていう大きなイベントは終わっちゃったし、真凛でも誘って軽く遊びに行こうかどうか、考えていた時だった。

 西条先輩から連絡がきた。



「なんだろう……?」



 生徒会のメンバーとは全員、連絡先を交換していたけど、こうしてメッセージがくるのは初めてだ。

 内容を読むと、宿題が終わったかどうか、というそんな質問だった。

 終わりました、と送ると、今度はなんと……一緒に遊びに行こうよ、っていうお誘い。

 えっと、わたしと西条先輩の二人で?

 なぜ、わたしなんかが選ばれたのかよくわからないけど、断りづらい。

 やり取りは続いて、水族館に行くことになった。

 当日、できるだけ綺麗めな水色のワンピースを着て部屋を出ると、早月くんと廊下でばったり。



「ん? 美奈ちゃんどっか行くん?」

「あっ、えっとね、真凛と! 真凛と水族館行くの!」



 とっさに嘘をついてしまった。



「そっかぁ! 楽しんでおいで」

「うん!」


 なぜ、本当のことが言えなかったんだろう。わからないまま、西条先輩との待ち合わせ場所に着いた。



「やぁ美奈ちゃん。来てくれて嬉しいよ。その服、すごく似合ってる」

「ありがとうございます」



 西条先輩は、大人っぽい白いシャツに黒い細身のズボンだった。

 かけているメガネは……いつもとは違う?



「西条先輩、メガネ……」

「あっ、気付いた? 学校でかけているのはオーバルっていう普通のやつで、こっちはウェリントンっていう大きめのやつ」

「へえ! そっちも素敵です」

「ありがとう」



 水族館は、小学校の遠足で何回か行ったことがあった。

 でも、こんな風に、男の先輩と二人きりで行くことになるなんて。

 これも……デートだよね? どうなんだろう?

 ううっ、デートの定義がわからなくなってきた。

 水族館の入り口で、パンフレットを手に取った西条先輩は言った。



「あっ、イルカショーもうすぐだよ。いきなりだけど行っちゃおうか。席なくなると困るし」

「はい、わかりました」



 西条先輩について、イルカショーの会場へ。

 さすが夏休み。始まるまでまだ時間はあるのに、人で埋めつくされていた。

 なんとか入れた端の方の席に座って待つ。その間、西条先輩に尋ねられた。



「早月くんとはずっと一緒に住んでるの?」

「今年の三月からです。早月くんのご両親が海外に転勤になって」

「そうだったんだ。二人、前から仲良いと思ってたからさ。あの日、いとこだって説明されて納得したよ」

「あはは……」



 軽快な音楽が流れ、イルカショーが始まった。
 西条先輩と二人きり、という状況に、ちょっと遠慮はあったんだけど。

 イルカショーが始まったとたんに、それが吹き飛んでしまった。

 一斉に水面から飛び上がるイルカたち。派手な水しぶき。くるくる回って可愛いお辞儀。

 わたしは前のめりになって、拳を握りしめた。



「西条先輩! 凄かったですね!」

「よかった、美奈ちゃんいい笑顔。他も回ろうか?」

「ぜひ!」



 最初がイルカショーでよかった。一気にテンションが上がって、その後の展示も楽しく見ることができた。

 途中、西条先輩がどうしてもおごってくれると言うのでソフトクリームを食べて。

 薄暗いクラゲのコーナーでは、ついつい時間を忘れて見とれてしまった。



「美奈ちゃん、クラゲ好き?」

「はい。不思議な形してますよね。まるで宇宙から来たみたい」

「ははっ、そうだね」



 全ての展示を見て回って、水族館を出た。



「美奈ちゃん、もう少し話したいんだけどさ。そこの公園、寄って行かない?」

「いいですよ」



 木陰で涼しくなっているベンチに横並びで座った。

 カナカナカナ……。

 これは、ひぐらしかな。

 しばらく暑さは続くだろうけど、夏休みはもうそろそろ終わってしまうんだ。



「ねえ、美奈ちゃん。実はさ。言いたいことがあって、今日誘ったんだ」

「……えっ?」



 西条先輩のメガネの奥の瞳が、きらめいたように見えた。



「僕、美奈ちゃんのことが好きなんだ。生徒会室で、初めて出会った時からずっと。一目惚れした。他の誰とも付き合ってほしくないから……僕の彼女になってくれない?」



 世界中の音が、一瞬止まったような気がした。

 西条先輩が……わたしのことを、好き……?

 こんな、平凡で、何の取り柄もないわたしのことを……?

 誰かにそうやって、特別に想われていたこと自体は、嬉しい、のかもしれない。

 けど、けど、わたしは……。



「……ごめんなさい」



 そう言うので、精一杯だった。

 次から次へと、涙がこぼれ出てきて。止まらない。

 どうしてこんな気持ちになったのか。自分でたどり着くより前に、西条先輩に言われてしまった。



「そっか。やっぱり、早月くんのことが好きなんだ?」



 わたしはこくん、と頷いた。

 気付いてしまったんだ。

 告白されて、初めて気付いた。

 わたしは早月くんのことが好きなんだって。いとこじゃなくて、彼女になりたいんだって。

 そう、気付いてしまった……。



「美奈ちゃん。色々考えたいことあるよね。僕のことはいいからさ。思いっきり泣くといいよ」

「さ、西条先輩は……どうしてそんなに優しいんですか……わたし、断ったのに……」

「先輩だから。後輩に優しくするのは当たり前でしょう?」



 わたしは両手で顔を覆った。西条先輩は、わたしが泣き止むまで、ずっと背中をさすってくれていた。
 西条先輩は、別れ際、こう言った。



「学校では、今まで通り、頼れる生徒会長やるからさ」



 ……だって。

 きっと、西条先輩も苦しいはず。なのに、そんな言葉をかけてくれるなんて。

 すぐに家に帰ったら、泣いたのが丸わかりだろうから、わたしは駅前を散策することにした。

 夏服のセール。特に買いたいものはないけど、ちょうどいいからそこで時間を潰した。

 帰宅すると、早月くんのスニーカーがなかったからホッとしてしまった。出かけているみたいだ。

 わたしは自分の部屋に入って、楽なTシャツとジャージに着替えた。

 それから、ベッドにうつ伏せになって、今回のことを考えていた。

 早月くんのことが、「恋愛」という意味で「好き」だってわかって。これからどうしたらいいんだろう。

 そのまま、ぼおっとして、眠ってしまった。泣き疲れていたせいもあったのかもしれない。

 お母さんに、肩を叩かれて起こされた。



「美奈、夕飯だよ、起きて。こんな時間までお昼寝しちゃって……」

「わっ……ごめんなさい」



 リビングに行くと、もうお父さんと早月くんは席についていた。

 今夜のメニューはそうめん。助かった。さっと食べ終わることができた。

 わたしは自分の食器をシンクに置いて、すぐに自分の部屋に戻った。

 すると、少しして扉がノックされた。



「なぁ、美奈ちゃん! 入れてー!」

「う、うん……」



 にっこり笑った早月くん。その笑顔が、今はとてもまぶしすぎる。



「真凛ちゃんと水族館、どうやった? 楽しかった?」

「まあ、普通……」

「どうしたん? もしかして真凛ちゃんとケンカしたん?」

「何でもない! 話したくないから出て行って!」

「ご、ごめんなぁ……」



 早月くんを追い払ってしまった。

 わたしったら、何やってるの……?

 その日から、わたしはなるべくリビングに行かないようにした。

 昼食も、早月くんも別々にとった。

 そうすることで、余計に心配をかけることはわかりきっていたけど、それでもそうしてしまった。

 わからない、わからないよ。

 こんな想いを抱えたまま、どうやって一緒に暮らしていけばいいの?

 そして、夏休みは終わってしまった。
 二学期が始まった。

 生徒会では、文化祭に向けてのスケジュールが説明された。

 西条先輩は、あの時言ってくれた通り、「頼れる生徒会長」だった。

 いつもの爽やかな雰囲気で、テキパキと役割分担を決めた。

 わたしは江東先輩と一緒に、文化祭のパンフレット作りの班に入ることになった。

 早月くんが、先に備品管理の班に手を挙げたから、それを避けたのだ。

 やっぱり、というか何と言うか。

 備品管理を女の子たちがこぞってやりたがって、最後はくじ引きになっていた。

 終わって、真凛と一緒に帰ることになって、通学路で真凛がこんなことを話した。



「なんかさー、早月くん争奪戦が過激になりそうだよね? 美奈はいいの?」

「わたしは興味ないよ」



 本当は、不安だった。文化祭がきっかけで、早月くんが誰かと親密になったらどうしようって。

 けど、その時は、その時……なのかもしれない。

 わたしは、ただのいとこなんだから。

 夕飯の時以外は、なるべく自分の部屋にいるようになって、早月くんも来ることはなかった。

 誕生日にもらったクッキーはとっくに食べてしまった。

 缶は、空っぽのままだ。それを開けたり、閉めたり。

 花火大会の時は、あんなに楽しかったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 勉強もどんどん難しくなって、ちゃんと授業を聞かないといけないのに、どこか上の空だった。

 そして、真凛と一緒に教室でお弁当を食べて、そのまま喋っていた時だった。

 早月くんがわたしたちのところにやってきた。



「美奈ちゃん、生徒会のことで話があるんだけど、来てもらっていいかな?」

「あっ、うん……」



 早月くんに連れて行かれたのは、中庭だった。



「早月くん、話って?」

「ああ、うん……生徒会っていうのは嘘。あのさ。どうしても気になってさ。最近、美奈ちゃんと距離感じるんやけど……」



 とうとう、聞かれてしまった。わたしはうつむいた。とても早月くんの顔を見ることができなかった。



「俺、美奈ちゃんに何かした? したんやったら教えて。謝るから。あかんとこあったら直すから」

「そ、そういうのじゃないの……その……悩んでることがあって」

「悩み事?」

「今は、言えないんだ。心の整理ができなくて。だから、ごめん……」



 すると、早月くんはポンポン、とわたしの頭を撫でた。



「そうかぁ。嫌われたと思ってたぁ。悩み事は気になるけど……俺に言えるようになったら教えて。それまで待つし」



 ごめん、と言いかけたけど、飲み込んだ。



「ありがとう、早月くん」



 きっと、これが今の正解だ。

 教室に戻ると、真凛がニヤニヤ笑いながら聞いてきた。



「美奈、何だったの? もしかして告白?」

「違うよ。本当に生徒会の話。作業が多いから手伝えるかどうか聞かれたけど、断ったの。それだけ」



 そんな言い訳がスラスラ出てきてしまった自分に驚いた。



「なーんだ! やっとカップル成立かと思ったぁ」

「真凛、それよりさ、文化祭だけど……」



 そうやって話題を変えた。わたし、上手く取りつくろえるようになってきたのかも。
 クラスでも、文化祭の出し物について学級会が行われた。

 一組がやることに決まったのは喫茶店。

 といっても、生菓子とかは出せなくて、袋入りのお菓子と簡単な飲み物を出すだけみたい。

 どんなコンセプトにしようか、とクラスが盛り上がり始めて、真凛も積極的に意見を出していたけど、わたしは成り行きを見守るだけだった。

 テーマが「クラシカル」に決まって、それっぽく教室を飾ることになった。

 あとは、役割だけど……。



「はいはーい! 給仕係、あたしと美奈もやりまーす!」

「ちょっと、真凛!」



 真凛が勝手にわたしの名前を出した。担任の先生が言った。



「鈴木さん、どうする? やりたい?」

「えっと、まあ……他にする人がいないんだったら、やります」



 意外なことに、給仕係に手を挙げた人は少なくて、わたしはやることになってしまった。

 まあ、生徒会の仕事はプログラム作りだけだし、文化祭当日はすることがなかったし、ちょうど良かったかな?

 何より、真凛が一緒だったら何とかなるって思うし。

 その日、帰宅すると、早月くんが先にリビングにいるようだった。

 わたしは自分の部屋に逃げずに、早月くんと話すことにした。



「早月くん、ただいま」

「おかえり美奈ちゃん。何か飲む?」

「コーヒー……はまた今度でいいや。紅茶、自分で準備するね」



 紅茶を作って、早月くんの隣に腰かけた。そして、わたしから話題を振った。



「うちのクラスね、文化祭は喫茶店をすることになったの。早月くんのとこは?」

「お化け屋敷! 俺、おどかす役すんねん」

「わっ、そうなの?」

「もうメイクとか衣装のイメージも決まっててな。ああ、でも当日までのお楽しみ」



 今、わたし……ちゃんとこれまで通り話せてるかな?

 いとこ、できてるかな?

 早月くんが言った。



「人生初めての文化祭やもんなぁ。めっちゃ気合い入るわぁ」

「そうだよね。わたし、給仕係することになっちゃって」

「ほんま? 絶対行く! 可愛い衣装着るんやろ?」

「うーん、衣装係の子たちが何か用意してくれるみたいだけど、詳しくは知らないや」

「楽しみやなぁ。時間とか決まったら絶対教えてや!」



 うん、多分、大丈夫。

 話しながら、思い出していたのは、江東先輩のことだった。



「一緒にいられるだけでいいんだ。それだけでも楽しいから」



 わたしも、早月くんとこうして一緒にいられるだけで楽しい。

 江東先輩の言っていたことが、少しずつわかってきた。
 文化祭のパンフレット作りは、想像以上に大変だった。

 全てのクラスの委員長から、クラスの出し物と、アピールポイントを書いてもらったプリントを提出してもらう。文化部の部長にも同じことをお願いする。それから、その内容をパソコンでキーボード入力する。

 あと、体育館で行われる演目のタイムテーブルも作成しないといけないけど、それは慣れている江東先輩がすることになった。

 わたしは作業をするために、毎日生徒会室に通った。

 あと、クラスの喫茶店は「喫茶フェリーチェ」と名前が決まって、衣装も準備してもらったんだけど……。



「わたし……こんなに可愛い服着てもいいの?」



 試着してきて、と渡されたのは、フリフリの白いエプロンがついた、黒い膝下丈のワンピース。

 真凛も同じのを着た。



「わー! 美奈似合ってるぅ! こりゃ男子たちが大騒ぎだね!」

「真凛も似合ってるよ。わたしは何だか慣れそうにないなぁ……」



 衣装係の子たちがわたしを取り囲んで、スカート丈がどうのこうの、とか言ってる。

 わたしは着せ替え人形になった気分でじっとしていた。

 それから、給仕係の当番表ができたから、わたしはそれを帰ってから早月くんに見せた。



「早月くん、これわたしの当番表。後半になったよ」

「よかったぁ、俺のお化け屋敷の当番とかぶってへんわ。絶対行く!」

「あんまり期待しすぎないでね?」



 早月くんに、あの衣装見られるんだ……恥ずかしいな。

 その日の夕食は、わたしも食材を切るのを手伝った。ビーフシチューだった。

 お母さんが言った。



「美奈、包丁使うの上手になったね。最初は危なっかしくてどうしようかと思ったけど」

「もう、わたしだって中学生だよ? これくらいできますぅ」

「お母さんから見たら、中学生はまだまだ子供ですぅ」



 そう言って、顔を見合わせて笑った。

 早く大人になりたいな。

 わたしの思う、大人は……。

 自分の気持ちを自分で整理できて、きちんと行動できる人。

 浮かんだのは、西条先輩の顔だった。

 きっと、たくさん、たくさん考えて、わたしに告白してくれたんだよね。

 わたしが早月くんのことを好きなことを見抜いていて、それでも。



「美奈、どうしたの? ぼおっとしちゃって」

「お母さん、何でもないよ。スプーン並べてくるね!」



 少しずつでもいいから近づいていこう。自分が思う、大人の姿に。