いとこの早月くんは関西弁で本音を言う

 生徒会の仕事はひと段落。二学期になって、文化祭の前になればまた忙しくなるみたい。

 だから夏休み前のこの時期は、必要な作業がある人だけが生徒会室に集まるようになった。

 わたしはパソコンをもっと覚えたいと思っていたから、江東先輩の手伝いをすることにした。



「江東先輩、古いフォルダの整理、できました」

「おっ、ありがとう!」



 その日は気付けばわたしと江東先輩、二人きり。

 どの生徒もみんな、きっと夏休みを前に浮かれた会話をしていることだろう。

 けれど、その時わたしたちがしたのは真剣な話だった。



「美奈ちゃんって、好きな人いる?」

「えっ……どうしたんですか、いきなり」

「どうなのかなぁって思って。中学生活も三ヶ月経って、すっかり慣れた頃じゃない?」

「そうですねぇ……」



 わたしは考え込んだ。「好き」っていうのはどういう意味なのだろう。真凛だって生徒会のメンバーだって全員「好き」だけど。

 きっと江東先輩が言っているのは違う。これは、「恋愛」の話だ。



「まだ、よく、わかんないです……」

「あはは。困らせちゃったか。ごめんごめん」

「江東先輩にはいるんですか、好きな人」



 すると、江東先輩は短い黒髪をかきあげて不敵に笑った。



「うん。いるよ。一年前くらいからずっと好き」

「おおっ……!」



 わたしはつい、前のめりになってしまった。江東先輩は言った。



「でもね、気持ちは伝えない。その人には、私の他に好きな人がいるって知ってるから」

「そう、ですか……」

「一緒にいられるだけでいいんだ。それだけでも楽しいから」



 その時、最終下校のチャイムが鳴った。帰らなければならない。



「はー、スッキリした。美奈ちゃんに話せて。このこと、誰にも内緒ね?」

「はい、わかりました!」



 手早く片付けをして、生徒会室を後にした。

 帰り道では、江東先輩のことばかり考えていた。

 もし真凛なら、誰のことが好きなのか突っ込んで聞いていたかもしれない。

 わたしはそこまではしない。興味がないのではなく、誰だか知ってしまうのがこわいのだ。

 一年前から、ということは、早月くんは候補から外れる。

 としたら、思い当たるのはあの人だけど……ううん、これ以上の詮索はやめよう。

 それにしても、凄いな。気持ちを伝えない、っていう恋愛の方法もあるんだ。

 江東先輩はわたしより一つしか年が変わらないのに、ずいぶんと大人に思えた。

 そして、自分の好きな人が、自分じゃない人が好きなんだと知ってしまったとき。

 わたしなら、どんな行動に出るだろう、と考えると止まらなかった。
 江東先輩の恋愛のことを考えながら家に帰ると、早月くんがリビングのソファに座っていた。



「おかえり美奈ちゃん。何か飲む?」

「そうだなぁ……コーヒー、また挑戦してみる」

「ええで。作ったるわ」



 コーヒーが飲めたくらいで大人になんてなれないはずだけど、あんな話を聞いてしまった後では背伸びもしたくなった。



「んんっ……やっぱり苦いっ!」

「俺、ミルクなしでもいけるようになってきた」

「早月くん、どんどん先を行くなぁ……」



 お父さんとお母さんが帰ってくるまでの、二人だけの時間。

 きっと、早月くんにとってはいつものことだろうけど。

 学校では近寄れない分、わたしにとっては特別なんだけど、そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

 わたしは真凛から聞いて知っていた。

 早月くんが、何人もの女の子に告白されているということ。その全てを断っているということ。

 それはやっぱり、校外合宿の時に言っていた「好きな人」がいるからなんだろう。



「ん? 美奈ちゃんどうしたん? なんや難しい顔しとうけど」

「あっ、何でもないよ。夏休みのこととか考えて、ぼおっとしてただけ」



 真凛くらいの勢いがあれば、恋愛の話題に持って行くことができたかもしれない。

 けれど、ひょっこり江東先輩のことを言ってしまうかもしれないし……。

 やっぱりわたしは慎重でいよう。



「早月くんは読書感想文の本決めた?」

「まだ。課題図書、どれも面白そうやなぁって思って。全部読んだろうかな」

「ええっ、全部? さすが読書好き」

「オススメを美奈ちゃんに教えるんとかええかも」

「あっ、それ助かる」



 そんな話をしていたら、先にお母さんが、少ししてお父さんが帰ってきたから、夕食の準備を手伝うことになった。

 夕食中、お父さんが言った。



「今年はお父さんもお母さんもまとまった休みが取れそうにないんだ。旅行はナシだなぁ」

「そっかぁ」



 夏休みは家族三人で泊まりがけの旅行をするのが恒例になっていた。

 今年はできないなんて、残念。

 行くんだったら早月くんも一緒だよね、とどこかで期待していたのに。

 お母さんが言った。



「その代わり、二人には夏休み分の特別お小遣いをあげるから。友達と楽しんでいらっしゃい。でも、行き先は必ず言ってから、遅くなるようなら連絡。これは守ること。いい?」

「はい叔母さん。わかりました」


「ちゃんと守ります」



 いよいよくる。中学生初めての夏休みが。

 小学生の時とは違う。何か、特別なことが起こりそうな、そんな予感がした。
 夏休みがやってきた。

 まず取り掛かったのは、宿題の山、山、山!

 中学生ってこんなに宿題があるんだ。知らなかった。

 いつも学校に行くのと同じ時間に起きて、午前中から集中することにした。

 昼食は、お母さんが毎日作り置きしてくれていて、それを早月くんと一緒に食べるのが息抜きになっていた。



「早月くん、今日は焼きそばだよ」

「やったぁ! 叔母さんの焼きそば好きやねん。肉ようさん入っとうから」

「ようさん?」

「たくさん、っていう意味」



 早月くんの関西弁は、時々わからないことがある。

 でも、その意味を聞くのが楽しみだったりする。

 わたしはラップのかかった焼きそばのお皿を電子レンジに入れて温めた。

 お皿が大きいから、一つずつしか入らない。



「美奈ちゃん、先に食べや。俺食うの早いし」

「そう? じゃあ先に頂くね」



 食べながら、話していたのは英語の宿題についてだった。英語の会話文を作らないといけないのだ。



「早月くん、英語が進まないよぉ……」

「俺が作ったやつ見せたろか?」

「それはズルだからやめとく」

「美奈ちゃんは真面目やなぁ。ええとこやと思うよ」



 食後のお皿洗いとテーブル拭きは二人で分担。

 食洗器の使い方は教わったから大丈夫だ。

 午後もとにかく宿題。苦手なものを先に終わらせてしまいたいから、英語にした。

 時々、麦茶を飲みにキッチンに行く以外は、スマホも見ないで机に向かった。

 昼の三時頃。扉がノックされた。



「はぁい?」

「なぁ美奈ちゃん、コンビニでも行かへん? 散歩と気晴らし」

「いいね。行こうか」



 コンビニまではそこそこ歩く。わたしの足で十五分くらいだ。

 だから、日焼け止めを塗って、つばの広い帽子をかぶった。



「早月くんお待たせ。行こうか」

「おう!」



 玄関を出た途端、蝉の大合唱が聞こえてきた。

 お父さんが子供の頃は、まだ日本もまだそんなに暑くなくて、夏休みといえば虫取りに出かけたのだとか。

 今のわたしには想像もできない。こんな太陽ギラギラの中、コンビニに行くので精一杯だ。

 早月くんが言った。



「俺さぁ、コンビニのスムージー飲みたいねん。自分で機械にセットして作るやつ」

「いいね、それにしよう」



 歩いている途中で、あることに気付いた。

 早月くんと二人きりで外出って、これが初めてじゃないかな……?

 でも、いとこ同士でコンビニに行くだけだし。

 これはデートじゃない。

 そんなに意識するようなことじゃないって、その時は思っていたんだ。
 コンビニにたどりついた。店内に入ると、エアコンがよくきいていて一気に身体が冷えた。

 お目当てのスムージーは四種類。またもや、悩むわたし……。



「美奈ちゃん、ゆっくり選びやぁ」

「ごめんね……」

「そういう時は、ありがとう、でええんやで。美奈ちゃんすーぐ謝る癖ついとう」

「あ、ありがとう……」



 わたしはベリーにした。早月くんはメロン。

 会計を済ませて、機械にセット。あとはボタンを押して見守るだけ。

 出来上がったスムージーを手に、早月くんが先に歩き始めた。



「そこの公園で飲もうなぁ。確か屋根つきのベンチあるで」

「そうしようか」



 真夏の公園。こんなに強い日差しが降り注いでいるのに、小さな子供が遊んでいた。

 元気だなぁ……。

 わたしもつい何年か前までは、ああして遊んでいたのかもしれないけれど、中学生というのはやっぱり一つの大きな区切りになったのだろうか。

 ベンチに座ると、早月くんも子供の方を見てこう言った。



「俺と美奈ちゃんもああやって砂場とかでお山作っとってんで?」



 覚えてなくてごめんね、と言いそうになるのをすんでのところでこらえた。謝り癖がついていると言われたばかりだ。


「他には……どんなことしてた?」

「シャボン玉。塗り絵。折り紙。うん、色々やっとった」



 早月くんは、こんなにもわたしのことを覚えてくれているのに、わたしだけが忘れてしまっているというのは、やっぱり申し訳ない気分。

 スムージーを飲みながら、ぼんやりと幼い頃の自分たちに想いをはせていた、そんな時だった。



「あれっ……美奈ちゃん? 早月くん?」



 現れたのは、なんと西条先輩だった。重そうな大きなリュックサックを背負っていた。

 びっくりしすぎてわたしが何も動けないでいると、早月くんが口を開いた。



「西条先輩。お疲れさまです。どこかの帰りですか?」

「うん。図書館で宿題してた。二人は? もしかして、付き合ってたの?」



 夏休みなのに、二人っきりで公園にいたら、そういう発想になるよね!

 ち、違う、違います!

 心の中ではそう叫べたけど、実際には無理で、早月くんに流れを任せてしまった。



「ああ……俺たち、実はいとこ同士なんです。俺の家の事情で、美奈ちゃんの家に暮らすことになって、それで」

「そっか。同じ苗字だもんね。そういうわけだったんだ」

「このこと、内緒にしてもらえると助かります。バレると面倒な噂話とか広がりそうなんで……」

「もちろん、誰にも言わないよ。そっかぁ、いとこ同士だったんだ……」



 西条先輩は、爽やかに手を振って去って行った。

 きちんと内緒にしてくれそうだし、見つかったのが西条先輩でまだよかったかも……?
 西条先輩に見つかってしまって、ドキドキだったあの日から一週間。

 もうすぐ七月が終わろうとしていた。

 リビングには、封筒やチラシを入れておくレターケースが置いてあるんだけれど、そこに花火大会の案内が入っていることに気付いた。



「そっかぁ、もうそんな時期かぁ……」



 この花火大会が行われるのは海辺で、電車を使わないといけない。

 うちの地域どころか県外でも有名で、毎年たくさんの人が訪れる。

 最後にお父さんとお母さんに連れて行ってもらえたのは、小学三年生の時。

 花火自体の記憶はあやふやだ。リンゴ飴が美味しかったことをよく覚えている。
 
 わたしったら、どこまでも食い意地が張っている。

 そんなことを思いながら、案内をじっと見ていると、お母さんに声をかけられた。



「なぁに? 美奈、行きたいの?」

「うん……せっかくの夏休みだし……」

「えっと、いつ? あー、その日、お父さんもお母さんも仕事だ」

「そっかぁ」



 それなら仕方ないな、と諦めかけたら、いつの間にか早月くんが隣にきていた。



「花火かぁ! 行きたいなぁ。叔母さん、俺が美奈ちゃんと一緒に行くのはあかん? ちゃんと美奈ちゃんのこと守るし」



 守る、という一言に心臓がとくんと跳ねてしまった。



「うーん、中学生二人でかぁ。心配だけど、スマホもあるし大丈夫かな。美奈と違って早月くんはしっかりしてるし……」

「もう、お母さん! わたしはしっかりしてないっていうの!」

「だってそうじゃない」

「むぅ……」



 って、問題はそこじゃない。

 早月くんと二人で花火大会だなんて、それって正真正銘のデートでは……?



「じゃあ、叔母さん、オッケー?」

「いいよ。花火が終わったらまっすぐ帰ってくること。連絡はまめにちょうだいね」

「やったぁ!」



 わたしの心配をよそに、すっかり行くことに決まってるし!



「でも美奈、浴衣どうするの? 小学生の時のじゃ小さいでしょう。新しいの買わないとね」

「えっ、浴衣っ? いいよ、普通の服で行くよ……」

「俺、美奈ちゃんの浴衣見たいなぁ!」

「早月くんもそう言ってるし。美奈、明日お母さんと買いに行こうか!」

「あっ、えっと、うん……」



 話がどんどん進みすぎだよー!

 でも、早月くんに、わたしの浴衣……見て欲しくないことも、ない。

 そんなわけで、お母さんと浴衣を買いに行くことになった。

 浴衣を買いに、お母さんと出かけた。

 小学生の時のは、金魚の柄だったけど、中学生になったんだもん。もう少し大人っぽい方がいい。

 お母さんにもあれこれ意見をもらって、選んだのは薄紫色の花柄。



「うんうん、美奈によく似合ってる。なんか、お母さんの若い頃を思い出すなぁ」

「お母さんの?」

「お父さんと付き合ったばかりの頃、浴衣デートしたんだよ。二人ともその時はもう少し痩せてたかな?」

「ふふっ、そうなんだ」



 浴衣を買ってもらって、今度は喫茶店にきた。

 お母さんはブラックコーヒー。わたしはミルクティー。

 当日、着付けやヘアセットもしてもらわなくちゃいけないからと、お母さんが近所の美容院を予約してくれた。



「美奈、写真いっぱい撮ってきてよね!」

「はぁい」



 飲み物が半分くらい減ったところで、お母さんがこんな話を始めた。



「ねえ、美奈。今、早月くんが使ってる部屋ね。本当は、美奈の弟か妹ができる予定で空けておいた部屋だったんだよ」

「……そうなんだ?」

「流産ってわかる? お腹の中で赤ちゃんが死んじゃうこと。何度もそうなっちゃってね。美奈にきょうだいを作ってあげるのは諦めたの」

「初めて聞いた……」

「美奈も中学生になったから、そろそろ話しておいてもいいかと思ってね」



 今時、同級生で一人っ子は珍しくないし、きょうだいがいないことについては何とも思ったことはなかった。

 そっか、お父さんとお母さんは、子供が二人欲しかったんだ。



「だからね、早月くんが来てくれて、お母さん嬉しいんだよね。男の子も育ててみたいって思ってたから」

「わたしも、早月くんと一緒に過ごすの楽しいよ」

「でも、初めはどうなることかと思った。美奈ったら、すっごく緊張してたじゃない? 今は打ち解けてくれたみたいで、お父さんとお母さん、ホッとしてるんだよ」



 これまでの早月くんとの日々を思い返す。

 学校では、いとこなのは内緒だし、早月くんも標準語だし、何より近寄れないしで、よそよそしいけど……。

 家では、同い年の兄妹のように過ごすことができている、気がする。

 話は花火大会のことに戻った。



「いい、美奈。夜遅くなるんだから、絶対に早月くんと離れないこと。困ったら大人の人に頼ること。どうしてもっていうなら、車で迎えにきてあげる。それから……」

「もう、わかったって。大丈夫だってば」



 もしかすると、早月くんはそんなこと、意識していないかもしれないけれど。

 わたしにとっては人生初デート。

 思い出に残る一日になればいいなぁ……。
 花火大会当日。
 
 お昼過ぎに、浴衣を持って美容院に行って、着付けとヘアメイクをしてもらった。

 鏡の中のわたしは、ちょっとだけ……お姉さんっぽくなったかな?

 早月くんとは、駅前で待ち合わせをしていて、目印は時計台だ。

 ラフな白いTシャツにデニム姿の早月くんが、先にいた。



「お待たせ……」



 わたしが声をかけると、早月くんはぱちぱちと瞬きをした。



「えっ、嘘っ、美奈ちゃん? めっちゃ可愛い! 誰かと思ったぁ!」

「もう、早月くん大げさだよ」

「ほんまやねんて。わぁっ、今日はこんなに可愛い子と一緒に歩けるんや。嬉しいなぁ……」



 そして、早月くんはすっと手を差し出してきた。



「なぁに?」

「はぐれたらあかん。手ぇ繋いどこ」

「えっ、えっ、ええっ?」



 そのまま、手を握られてしまった。なんだか振りほどけないし、そのまま電車に乗っちゃった。

 電車の中は、花火大会に行くのだろう、浴衣の人たちがちらほらいた。

 見るからに仲のいい大学生くらいのカップルもいて。

 わたしたちも、その人たちと同じように見られてる? って思うと落ち着かなくて。

 早月くんが喋ることに、相槌を打つばかりだ。



「俺、ベビーカステラ食べたいなぁ」

「うん、いいね」

「他にもどんなんあるんか、回るん付き合ってな!」

「うん、いいよ」



 繋いだ手のひらから伝わる早月くんの体温。

 ほっこりして、落ち着くような、恥ずかしくて、そわそわするような。

 二つの気持ちが入り混じって、とんでもなく変な感じがする。

 まだ花火大会の会場に着いてもいないっていうのに、こんなので大丈夫なの?



「あっ、着いたで美奈ちゃん。足元気ぃつけな」



 そっと電車を降りて、階段を降りる人波の中に入って行く。

 手はずっと繋いだまま。

 けっこう大きなお祭りだから、知り合いにばったり出会うかもしれないし、人が多すぎて出会わないかもしれない。

 そんな、ギリギリの緊迫感。早月くんはそういうこと、考えてるのかな。

 駅を出て、少し歩いて、海辺の広場まで出た。

 早月くんがキラキラした瞳をわたしに向けて叫んだ。



「わぁっ、屋台だらけやー!」



 ふんわり香るのは、わたあめやソースの匂い。

 やってきたぞ……!
 
 花火大会、屋台巡りのはじまり!

 早月くんが言ってたベビーカステラは凄い行列。

 でも、わたしも食べたかったから、思い切って並んだ。



「美奈ちゃん、サイズどうしよう? ようさん食べるやろうし、一番大きいのにしとく?」

「そうだね、ようさん、食べるし」



 お祭りの雰囲気で浮かれてきたのか、そんな冗談も言える余裕が出てきた。

 ベビーカステラを口に放り込みながら、ぐるぐると見ていく。

 フランクフルトとお好み焼きも買って、ベンチを探して座った。



「えらい人やなぁ。場所取り早くせんと」

「……偉い人?」

「ああ、えらい、っていうのも、たくさんっていう意味」

「関西弁って奥が深いなぁ」



 花火の打ち上げまであと一時間。

 ジュースを買って、一番よく見える広場まできた。

 早月くんはレジャーシートを持ってきてくれていたんだけど、子供用? っていうくらい小さい。

 自然と肩を寄せあうような形で座ることになってしまった。



「美奈ちゃん、順番でトイレ行っとかへん? 帰りの電車すぐに乗られへんやろうし」

「そうだね。わたし、先に行ってくるよ」


 そんなことまで考えてくれているなんて、早月くんは本当にしっかりしている。

 交代でトイレに行って、どんどん暮れていく空を見上げた。

 待っている間は、読書感想文の話をした。

 早月くんは、本当に課題図書を全部読むつもりみたいで、全部買ったのだとか。

 そして、アナウンスが流れ、花火が始まった。



「わぁっ……!」



 夜空を彩るまばゆい光。黄色、オレンジ、赤、ピンク、青……。

 まるで万華鏡のようにくるくる花が咲いて、ひと時も目が離せない。

 ハートの形の花火もあって、すごく可愛かった。

 そうだ、写真。わたしはスマホで何枚か花火を写した。けれど、ブレてうまく撮れなかった。



「美奈ちゃん、記念撮影しようなぁ」

「うん!」



 花火を背景に、二人で撮った。今度はわたし、自然に笑えてる。花火のおかげかな。

 終了のアナウンスが流れて、わたしたちはさっとレジャーシートを片付けた。早く帰らないと。

 なんとか電車に乗れたものの、もう、ぎゅうぎゅう詰めで……!

 わたしは壁の方に背中をつけた。早月くんが、わたしに向かい合って、わたしの肩越しに壁に両手をついた。



「早月くん……?」

「美奈ちゃんが潰れんよう、守ったる。俺の腰につかまっとき」

「う、うん」



 こわごわと早月くんの腰に手を回した。早月くんが腕を伸ばしている分、距離が開いているけど、それでも普段より物凄く近い。

 お互いの心臓の音が聞こえてきそうなくらいだよ……!

 やっとの思いで駅について、帰り道も手を繋いだ。

 もう、人はまばらだし、はぐれる心配なんてないっていうのに。



「美奈ちゃん……今日さ、俺は楽しかったけど、美奈ちゃんは?」

「わたしも、わたしもすっごく楽しかったよ!」

「よかったぁ。よっしゃ、もうすぐ家や。俺、美奈ちゃんのこと守れたかな?」

「うん。ありがとう、早月くん」



 初デートは、こうして終わった。
 八月の中旬になって、宿題が終わった。

 読書感想文は、早月くんが読んだ中からオススメの本を選んだ。

 夏休みも残り二週間。花火大会っていう大きなイベントは終わっちゃったし、真凛でも誘って軽く遊びに行こうかどうか、考えていた時だった。

 西条先輩から連絡がきた。



「なんだろう……?」



 生徒会のメンバーとは全員、連絡先を交換していたけど、こうしてメッセージがくるのは初めてだ。

 内容を読むと、宿題が終わったかどうか、というそんな質問だった。

 終わりました、と送ると、今度はなんと……一緒に遊びに行こうよ、っていうお誘い。

 えっと、わたしと西条先輩の二人で?

 なぜ、わたしなんかが選ばれたのかよくわからないけど、断りづらい。

 やり取りは続いて、水族館に行くことになった。

 当日、できるだけ綺麗めな水色のワンピースを着て部屋を出ると、早月くんと廊下でばったり。



「ん? 美奈ちゃんどっか行くん?」

「あっ、えっとね、真凛と! 真凛と水族館行くの!」



 とっさに嘘をついてしまった。



「そっかぁ! 楽しんでおいで」

「うん!」


 なぜ、本当のことが言えなかったんだろう。わからないまま、西条先輩との待ち合わせ場所に着いた。



「やぁ美奈ちゃん。来てくれて嬉しいよ。その服、すごく似合ってる」

「ありがとうございます」



 西条先輩は、大人っぽい白いシャツに黒い細身のズボンだった。

 かけているメガネは……いつもとは違う?



「西条先輩、メガネ……」

「あっ、気付いた? 学校でかけているのはオーバルっていう普通のやつで、こっちはウェリントンっていう大きめのやつ」

「へえ! そっちも素敵です」

「ありがとう」



 水族館は、小学校の遠足で何回か行ったことがあった。

 でも、こんな風に、男の先輩と二人きりで行くことになるなんて。

 これも……デートだよね? どうなんだろう?

 ううっ、デートの定義がわからなくなってきた。

 水族館の入り口で、パンフレットを手に取った西条先輩は言った。



「あっ、イルカショーもうすぐだよ。いきなりだけど行っちゃおうか。席なくなると困るし」

「はい、わかりました」



 西条先輩について、イルカショーの会場へ。

 さすが夏休み。始まるまでまだ時間はあるのに、人で埋めつくされていた。

 なんとか入れた端の方の席に座って待つ。その間、西条先輩に尋ねられた。



「早月くんとはずっと一緒に住んでるの?」

「今年の三月からです。早月くんのご両親が海外に転勤になって」

「そうだったんだ。二人、前から仲良いと思ってたからさ。あの日、いとこだって説明されて納得したよ」

「あはは……」



 軽快な音楽が流れ、イルカショーが始まった。